備北芸北天下墓(広島県安芸高田市) てんかばか足利義昭の墓所と称する場所京を追われ、毛利氏(戦国大名)の庇護に入った足利義昭は、さらに毛利氏と不和となった毛利氏の許を去った義昭は、山陰の尼子氏を頼ろうとしたが、この地で病に倒れた義昭はこの地に智教寺を建立して隠棲し、数年後病死... 2025.05.23備北芸北
備北芸北曾我神社(広島県安芸高田市) そがじんじゃ曾我兄弟の仇討ち後、尼僧となった虎御前がこの地を訪れ、住まうようになったその後老齢となった虎御前は村人に頼み入定を果たし、村人は社を建てて祀ったこの入定塚が神社の奥に残っている『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.52広... 2025.05.23備北芸北
備北芸北ちきり淵(広島県安芸高田市) ちきりぶち佐々部若狭守(戦国武将)の牛首城落城の折、妻の玉手姫は“ちきり”を手にして、城裏手の川の淵に飛び込み自害した(落城伝説)淵から音がするので若者が潜ると、下半身が蛇体の姫が機織をしており、見た若者は発狂した『日本の伝説21 広島の伝... 2025.05.23備北芸北
備北芸北千日風呂伝説地(広島県安芸高田市) せんにちぶろでんせつち光明皇后はこの地に浴場(風呂)を建て、1000日間病身の者の世話をおこなった満願前日に全身膿に爛れた病者が来たが、皇后は口で膿を吸い出して世話をした翌日病者が死ぬとその身体は金塊(宝物)になったため、それを使って7つの... 2025.05.23備北芸北
備北芸北百万一心の碑(広島県安芸高田市) ひゃくまんいっしんのひ毛利元就が、吉田郡山城の築城工事の際に、人柱の代わりに埋めた石碑「一人一人が力を合わせて、心を一つにして事にあたる」ことを意味する(教訓譚)文化13年(1816年)に長州藩士が発見したとされるが、拓本のみで実物は未見と... 2025.05.23備北芸北
備北芸北▲鏡岩(広島県安芸高田市) かがみいわ犬伏の七不思議の一つとされる犬伏山の山中にある、中央部分が割れた岩(切断した石)割れ目には遊女が落とした鏡があり、割れ目の底に咲く藤の花が揺れるのに合わせて音が鳴る(音の怪)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.53広島県... 2025.05.23備北芸北
備北芸北亀尾山神社(広島県安芸高田市) かめのおやまじんじゃ別名・降子(おろしこ)大明神出雲からの帰り道にこの地で市杵島姫(宗像三女神)が産気づいたところ、6本指の産婆に助けられて安産したとされるこの神社の祭礼(御座船神事)は、厳島神社の管弦祭と同じ日におこなわれる『日本の伝説2... 2025.05.23備北芸北
広島廿日市乳母堰追慕の碑(広島県広島市安佐北区) うばぜきついぼのひ文政年間(1818~1831年)に長らく広島藩主(大名)の乳母を務めた褒美として、“おしゆん”という女性が井堰(用水路)造営を嘆願して実現させた乳母の徳を讃えた顕彰碑が大正時代に建てられた『日本の伝説21 広島の伝説』(角... 2025.05.23広島廿日市
備北芸北駒ヶ滝(広島県北広島町) こまがたき竜頭山の中腹、登山道の途中にある、落差36mの滝源平の戦いで活躍した2頭の馬、池月と磨墨がこの地で生まれ育ったことから名付けられた(名馬伝説)滝の裏側に石仏があり、水量の少ない滝の水をよけて見ることができる『日本の伝説21 広島の... 2025.05.23備北芸北
備北芸北お仙ヶ淵(広島県北広島町) おせんがふち女中のお仙は主の若旦那の子を産んだが、夫婦になれないため子と共に淵に入水して大蛇になった(悲恋伝説:変身譚)あるいは先に子を上の淵から落とし、子の遺体が流れてくるのと同時に入水したともこの淵は下流の澄合にある観音淵と繋がっていて... 2025.05.23備北芸北