峡北峡中萬休院 富士塚の狐(山梨県北杜市) ばんきゅういん ふじづかのきつね文殊原という丘に狐がおり、小野氏が祝神として富士塚に祀っていた祈ると病気や天災を免れるとされ、村に水害や凶事があると狐が異様な声で鳴いて知らせた明治31年(1898年)の水害で流されたため、萬休院境内の文殊堂... 2025.08.09峡北峡中
峡北峡中幸燈神社(山梨県北杜市) こうとうじんじゃ祭神の稚日霊女尊(記紀神話の神)は軍神で、戦闘中に沼に落ちたが、鰻の助けを借り窮地を脱し勝利した氏子は鰻を食べることを禁忌とし、捕らえた鰻は社前の池に放った領主の山高氏は遠祖の新羅三郎義光(源氏)を合祀したが、新羅が唐にある... 2025.08.09峡北峡中
峡北峡中実相寺 山高神代桜(山梨県北杜市) じっそうじ やまたかじんだいさくら東征の際に日本武尊がお手植えされた桜の木枯死寸前のところ日蓮が蘇生を祈願して樹勢が再び盛んとなった『日本の伝説10 甲州の伝説』(角川書店)p.72山梨県北杜市 武川町山高 2025.08.09峡北峡中
峡北峡中地蔵ヶ岳 賽の河原(山梨県韮崎市) じぞうがたけ さいのかわら別名・地蔵岳奈良法皇(孝謙天皇)がこの山に登り、安産祈願のため地蔵を安置した(地名の由来)山頂近くの賽の河原と呼ばれる砂地があり、早朝子供の足跡(手形足形)がたくさん付いている(死者の怪)この一帯にある地蔵を持ち帰... 2025.08.09峡北峡中
峡北峡中昌福寺 観音堂(山梨県韮崎市) しょうふくじ かんのんどう十一面観音、馬頭観音、正観音(実際には梵天)の3体の観音像(仏像)が祀られる源頼朝が参詣して源氏の戦勝祈願をすると、次の戦いの陣中に3人の僧侶が現れ、敵の矢を拾って渡したので勝利した(神仏霊験譚:手伝う神仏)『日本... 2025.08.09峡北峡中
峡北峡中姥婆石(山梨県韮崎市) うばいし老婆が顎を支えている姿に似ているといわれ、姥婆石と呼ばれる巨石下の空所で雨宿りする事が出来、それが姥の懐に抱かれるように感じるため名が付き、地名の由来となった『日本の伝説10 甲州の伝説』(角川書店)p.70山梨県韮崎市 上祖母石 2025.08.09峡北峡中
峡北峡中雨宮寺 阿弥陀堂(山梨県韮崎市) うきゅうじ あみだどうある旅僧が何処かから阿弥陀如来像を盗んで背負ってきたが、この地で突然重くなり捨て去って行った村人は阿弥陀堂を建ててこの仏像を安置した(創建伝説)『日本の伝説10 甲州の伝説』(角川書店)p.70山梨県韮崎市 清哲町折居 2025.08.09峡北峡中
峡北峡中原山神社(山梨県韮崎市) はらやまじんじゃ釜無川西筋の村々では、諏訪の御謝山神社へ行き、勧請のため御幣をいただいたこの地で雨宿りした時に御幣を置き忘れ、この地の者がそれを拾って神の降臨として宮を建てた(創建伝説)西筋の者が戻ってきた時には既に宮が建てられており、祈雨... 2025.08.09峡北峡中
峡北峡中椹池(山梨県韮崎市) さわらいけ下条婆という老女の額に2本の角が生えたため、それを恥じてこの池に入り大蛇となった(変身譚)甘利左衛門尉(地方豪族)の2人の子息が池で行方不明となり、池の主の仕業として木々や石を池に投げ込み追い出した(化け物退治)大蛇は赤牛に変じる... 2025.08.09峡北峡中
峡北峡中牛池/鳥ノ小池(山梨県韮崎市) うしいけ/とりのこいけ周辺の村がいつも水不足に悩むのを憐れに思った山の神が農牛と農鳥(鳥類)に命じて池を造らせた毎夜池を掘り、夜明けに農鳥が時を告げて帰っていたが、ある時それを忘れたため農牛は石と化した農鳥も池造りを止めたので、2つの池が残... 2025.08.09峡北峡中