2025-09

浜田益田

御殿岩(島根県津和野町)

ごてんいわ壇ノ浦の戦いから脱出した安徳天皇一行が落ち延びたとされる(平家の落人)一夜を明かすため、安徳天皇だけがこの上で休まれた巨石(その他の者はその下の“畳岩”と呼ばれる大岩で明かした)別名を一夜城ともいう『日本の伝説48 出雲・石見の伝...
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吉松三霊社(島根県津和野町)

よしまつさんれいしゃ紙漉き業で成功しながら延享2年(1745年)讒言によって処刑された、村役の吉松仁右衛門親子(義民:名士)3名を祀る吉松家を妬む庄屋に買収された代官によって無理難題を突き付けられ、抗議して捕らえられた藩主の助命命令が間に合...
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熊野神社 誓いの銀杏(島根県益田市)

くまのじんじゃ ちかいのいちょう組頭の養老家(名士)で飼っていた牛の尾を誤って草刈り鎌で切ってしまった責任者が詫びを入れたが養老家は許さなかったため、組中の者総出で詫びに行ってようやく許された(珍事)これ以降過ちを犯さないように神に誓い、そ...
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向横田城址(島根県益田市)

むかいよこたじょうし城主の領家正利(地方豪族)は、弟で三星城主の恒利と戦うも、弟の持つ邯鄲夢の枕(寝具)で3日先のことを読まれ負け続けた(予言の怪)正利の妻は、一時期恒利の養女となっていた縁で、和平の使者として梅雨明け頃に三星城を訪れた三星...
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伊勢島(島根県益田市)

いせしまお伊勢という娘が高島へ嫁に行ったが、島の生活に飽きたため、一度故郷へ帰りたいと考え出した島から陸まで3里(12km)あり、泳いで帰れるか1周1里の島を3周泳いで確かめることにした3周泳いでなお余力があるので、そのまま陸へ向かって泳ぎ...
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蟠竜湖(島根県益田市)

ばんりゅうここの一帯に広大な田を持つ斎藤忠右衛門という長者がおり、毎年1日で田植えを済ますのが恒例であった万寿3年(1026年)、猿回しに見とれて田植えが遅れたため、長者が扇で太陽を呼び戻して済ませた(日招き伝説)その夜暴風雨と津波で田や屋...
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大喜庵(島根県益田市)

たいきあんかつて東光寺という寺院が建っており(火事で焼失)、晩年の雪舟が隠棲した雪舟は戦のない国として気に入ったとされ、この地で亡くなり墓所が残る雪舟が大山の井戸の水を持ち帰り、水神に供えて設けた硯井戸がある『日本の伝説48 出雲・石見の伝...
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高津柿本神社(島根県益田市)

たかつかきのもとじんじゃ柿本人麻呂終焉の地である鴨島に、没後間もなく創建された神社その後万寿3年(1026年)の地震と津波により鴨島が沈んだため、現在地に遷った境内の木像の神馬は節分の夜になると人麻呂が乗って見回り、それを覗くと目と障子がく...
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龍雲寺 蓮糸の袈裟(島根県浜田市)

りゅううんじ れんしのけさ住職の夢に市杵島姫命(宗像三女神)が現れ、宮島が火事であることを告げた(夢告)住職は寺の者を起こして、寺紋入りの提灯を掲げて参道入口にある巨石に水をかけさせた後日厳島神社(一之宮)より使者が訪れ、火事の時のお礼とし...
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正法寺(島根県浜田市)

しょうぼうじ九州から帰途についた和泉式部が、1年前に棄てた娘を京へ連れて帰ろうとした(親子の情愛)娘を拾って育てていたのが正法寺で、娘の顔が母そっくりであったため事情を話して連れ帰った娘は後に小式部内侍となる『日本の伝説48 出雲・石見の伝...