2025-10

熊谷深谷

清心寺 平忠度供養塔(埼玉県深谷市)

せいしんじ たいらのただのりくようとう一の谷の戦いで平忠度(平氏)を討ち取った岡部六弥太忠澄(源平の武将)が、帰国後その武勇を悼んで建立した供養塔(五輪塔)自領の中で最も景色の良い場所を選んで供養塔を建てたとされる境内には、忠度の妻の“菊の...
熊谷深谷

見返り松(埼玉県深谷市)

みかえりまつ深谷宿の街道筋外れにある松の木で、前夜の宿で取った遊女を思い出して、江戸へ向かう旅人が振り返る場所と言われた現在は何代目かの松と石碑が立つ(以前のものは平成18年[2006年]に枯死伐採)『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店...
熊谷深谷

妻沼聖天山(埼玉県熊谷市)

めぬましょうでんざん仲の悪かった太田の呑龍様(大光院)と喧嘩した時、松葉で目を怪我したそのため境内には松の木がなく、妻沼郷でも松を使うことは禁忌とされた呑龍様へ参拝した後で聖天様に参拝してもご利益はないとされる『日本の伝説18 埼玉の伝説』...
熊谷深谷

龍淵寺 開山坐禅石(埼玉県熊谷市)

りゅうえんじ かいざんざぜんいし開山の和庵清順(名僧)がこの石の上で坐禅をしていると龍が現れたため、引導を渡した(腰掛け石:人外の悟り)翌日になると目の前の大きな池がなくなり平地となったので、そこに寺を建立した(創建伝説)『日本の伝説18 ...
熊谷深谷

奴伊奈利神社(埼玉県熊谷市)

やっこいなりじんじゃ別名・弥左衛門稲荷戦場で常に熊谷直実に加勢した熊谷弥左衛門の正体である稲荷を祀った神社子供の健やかな成長を見守る神として有名(子育の俗信)病弱な子供は年季を決め、その間は奴のようにもみあげ(毛髪)を伸ばし続け、満願になる...
行田春日部

小埼沼(埼玉県行田市)

おさきぬまある夫婦が幼子を連れて、近くで畑仕事をしていると、急に子の姿が見えなくなったおさきという母親が必死で探したところ、池に我が子の姿が映っており、思わず飛び込んだ実際は大鷲に捕らえられ樹上にあった子の影が映っただけであり、おさきはその...
行田春日部

遍照院 駒形薬師(埼玉県行田市)

へんじょういん こまがたやくし藤原秀衡の護持仏(仏像)であり、眼病を治した夢告により牛車で運んでいる途中で牛が倒れたため、この地に安置した(創建伝説)死んだ牛を埋めたところに植えた松を秀衡松と呼んだ(若木があるとのこと)『日本の伝説18 埼...
行田春日部

大長寺 塩盛り地蔵(埼玉県行田市)

だいちょうじ しおもりじぞう塩(食品食材)を手向けて祈願をする地蔵特にいぼを治す(いぼ取り)地蔵として崇められる1600年頃に造られたとされ、昭和53年(1978年)にこの寺に移転された『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.93埼玉...
行田春日部

忍城址(埼玉県行田市)

おしじょうし関東七名城の一つで、成田氏(地方豪族)の居城幾度もの戦乱でも落城したことがなく、豊臣秀吉の小田原攻め(戦国の戦い)の際、石田三成(戦国武将)が水攻めをしたが最後まで落城しなかったこの戦いから“忍の浮城”あるいは“亀城”と呼ばれた...
熊谷深谷

船釜(埼玉県寄居町)

ふながま鉢形城のそばを流れる深沢川(河川)に船釜と呼ばれる淵があり、賽取左衛門が若い妻と暮らしていたある日、妻は自分の正体が船釜にある龍宮の乙姫の召使いで、帰還する命が下ったと言いだした妻が淵の奥へ消えたので、左衛門も後を追って淵の中に入り...