2025-10

川越所沢飯能

武野神社(埼玉県新座市)

たけしのじんじゃ八幡山と呼ばれる丘の上にある神社、かつては八幡社と呼ばれた永承6年(1051年)、前九年の役で奥州へ攻め入る前、源義家が戦勝祈願をして、社殿を北向きに造り替えたとされ、別名を北向八幡とする(名称の由来)『日本の伝説18 埼玉...
川越所沢飯能

平林寺 野火止塚(埼玉県新座市)

へいりんじ のびどめづか長勝長者の許に滞在していた在原業平は、長者の娘の青前姫(姫君)と相思相愛の仲となった長者が仲を認めないため二人は館から逃げたが、追っ手は火をつけて炙り出そうとした身の危険を感じた姫が和歌を歌うと火は途中で消えるも、居...
川越所沢飯能

慈光寺 仁王像(埼玉県ときがわ町)

じこうじ におうぞう泣く子に対して母親が「泣くと仁王に食わせるぞ」と脅していたが、ある夕方泣いていた子がいなくなった(子女受難)もしやと思い仁王像のところへ行くと、仁王の口から子の付け紐(衣類)が垂れ下がっていた(罰を与える)怒り狂った母親...
川越所沢飯能

穴八幡古墳(埼玉県小川町)

あなはちまんこふん7世紀後半に造られた方墳(古墳)で、寛文年間(1661~1673年)に新田開発中に横穴石室が発見された文政12年(1829年)、石室内に八幡社を勧請したが、吉原の遊女から篤く信仰された『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書...
川越所沢飯能

龍穏寺(埼玉県越生町)

りゅうおんじかつて大きな淵に悪龍が棲み着いたため、太田道灌が雲崗和尚(名僧)に退治を頼んだ和尚が龍を退治すると、淵は土で埋まったため、そこに龍穏寺を移築した(化け物封印:創建伝説)太田道灌が淵に棲む龍から10年間土地を借りて寺を建て、龍は下...
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剱神社(埼玉県日高市)

つるぎじんじゃこの神社の前を馬に乗って通ると必ず落ちるため、必ず下馬して馬を引いて通ったそのためこのあたりの土地は馬引沢と呼ばれた(地名の由来)『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.69埼玉県日高市 馬引沢
川越所沢飯能

霊巖寺 田植え地蔵(埼玉県日高市)

れいがんじ たうえじぞう本尊の地蔵菩薩像(仏像)は榛名山開山の満行上人(名僧)の作とされる近くの田に現れた老人が方々の田植えの手伝いをした(手伝う神仏)村の者がこの寺まで送っていくと消えてしまい、本尊の地蔵を見ると老人そっくりの顔だった『日...
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子ノ権現天龍寺(埼玉県飯能市)

ねのごんげんてんりゅうじ紀伊国で子の年・子の月・子の日・子の刻に生まれた子ノ聖(名僧)が創建した(生誕伝説)山を開く際、ここに棲む鬼が火を放ったが、十一面観音が龍に化身して火を消した(創建伝説:神仏の加護)聖が昇天する時、かつて火によって足...
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影隠地蔵(埼玉県狭山市)

かげかくしじぞう木曽義仲の敗死後、その嫡男・義高が鎌倉から脱出して逃亡した時、この地蔵の影に隠れて追っ手の追跡を逃れた(神仏の加護)元は木造の地蔵であったが、明治7年(1874年)以降石像(石仏)となった『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川...
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堀兼の井(埼玉県狭山市)

ほりかねのい堀兼神社内にある、直径約7m、深さ約2mの井戸の中央に井桁があるが、大部分は埋まった状態にある平安時代より歌枕として有名で、掘るのが難しいことから“ほりかね”と呼ばれ、地名の由来となった『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)...