信玄塚(愛知県新城市)

東三河

しんげんづか

  • 長篠の戦いで死んだ将兵を埋めた塚とされる
  • “大塚”と呼ばれる方が武田方、“小塚”と呼ばれる方が織田・徳川方の塚とされる
  • 塚から蜂の大群が現れて害をなしたため、戦死者の祟りであるとされた
  • 祟りを鎮めるため、僧を呼び村人が松明を掲げて供養したのが「火おんどり(踊り)」(特殊な供養)の始まり

『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書店)p.104

愛知県新城市 竹広信玄原

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