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▲曾我十郎の墓(広島県三次市)

そがじゅうろうのはか仇討ちの後この地まで曾我十郎(曾我兄弟)は逃げたが、塩貝の小富士山の上で矢に当たって殺されたこの山の山頂に曾我十郎の墓と言われる五輪塔がある『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.82広島県三次市 甲奴町小童
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咽声神社(広島県安芸高田市)

のどごえじんじゃ長さ8kmに及ぶ井堰(用水路)を造った義民・咽声忠左衛門を祀る神社民衆を惑わす罰として首枷を掛けられながらも作業を続行、それが元で咽を潰したことから“咽声”の異名がついた(名称の由来)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店...
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上根峠(広島県安芸高田市)

かみねとうげ出雲から来た若い男神が、この峠で一人の女神と出会って一緒に暮らし始めたある時女神は井戸にかんざしを落とし、それを拾おうとして自分もはまり、そのまま大蛇となった(変身譚)それを見た男神は逃げ出したが大蛇に腰の剣(刀剣)を奪われ、大...
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へらほりの池跡(広島県安芸高田市)

へらほりのいけあと吉田の豪商であった河野与三郎が、へら(木工品)を使って日数を掛けて池を造らせることで貧民救済を図った池はなくなったが、この慈善事業を後世に伝えるために石碑が建てられた『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.54広島県...
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清神社(広島県安芸高田市)

すがじんじゃ安芸国可愛之川上の地とされ、素戔嗚尊が八岐大蛇を退治した地とする退治後に素戔嗚尊が「清々し」と言葉を発したことが名称の由来となる『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.54広島県安芸高田市 吉田町吉田
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天下墓(広島県安芸高田市)

てんかばかのと称する場所(あるいは足利直冬()のものとも)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.52広島県安芸高田市 美土里町生田智教寺
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曾我神社(広島県安芸高田市)

そがじんじゃ曾我兄弟の仇討ち後、この地に住まうようになった虎御前が入定した塚(入定塚)が社の奥にある『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.52広島県安芸高田市 美土里町北
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ちきり淵(広島県安芸高田市)

ちきりぶち佐々部若狭守(戦国武将)の牛首城落城の折、妻の玉手姫はちきりを手にして、城裏手の川の淵に飛び込み自害した(落城伝説)淵から音がするので若者が潜ると、下半身が蛇体の姫が機織をしており、見た若者は発狂した『日本の伝説21 広島の伝説』...
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千日風呂伝説地(広島県安芸高田市)

せんにちぶろでんせつち光明皇后はこの地に浴場(風呂)を建て、1000日間病身の者の世話をおこなった満願前日に全身膿に爛れた病者が来たが、皇后は口で膿を吸い出して世話をした翌日病者が死ぬとその身体は金塊(宝物)になったため、それを使って7つの...
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百万一心の碑(広島県安芸高田市)

ひゃくまんいっしんのひ毛利元就が、吉田郡山城の工事の際に、人柱の代わりに埋めた石碑文化13年(1816年)に長州藩士が発見したとされるが、拓本のみで実物は未見とされる『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.54広島県安芸高田市 吉田町...