北総

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樹林寺 夕顔観音(千葉県香取市)

じゅりんじ ゆうがおかんのん夕顔を愛した平良文(地方豪族)は、死に際して息子に「我に会いたければ、夕顔の実を開けよ」と遺言した畑の夕顔の実を割ってみると、中から観音像(仏像)が現れた子孫の千葉常重に「この観音像を祀れ」と夢告があったため、樹...
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頭白上人入定塚(千葉県香取市)

ずはくしょうにんにゅうじょうづか文明15年(1583年)に頭白上人(名僧)が、疫病や災害に苦しむ人々を救うために入定した3年後に村人が、底辺50mあまりの3段の方墳を築いて入定塚とし、板碑を建立した『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p...
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香取神宮 要石(千葉県香取市)

かとりじんぐう かなめいし下総国一之宮・香取神宮の境内にある霊石経津主命(記紀神話の神)が地下に棲む大鯰の頭と尾をこの石で刺し通して地震を抑えている徳川光圀がこの石を掘り出そうとしたが、根元を見つけることは出来なかった『日本の伝説6 房総の...
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神崎神社 なんじゃもんじゃの木(千葉県神崎町)

こうざきじんじゃ なんじゃもんじゃのき延宝2年(1674年)に徳川光圀がこの神社を訪れ、この木を見て「この木は何というもんじゃろうか」と自問したところから名付けられた実際には楠の巨木で、主幹が拝殿の火事で焼けて伐採されたが、樹高25mになる...
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龍正院 仁王像(千葉県成田市)

りゅうしょういん におうぞう享保年間(1716~1736年)に火事があった時、仁王像が堂の屋根から団扇をあおいで、寺への延焼を食い止めた(建物を守る)火除けのご利益があり、毎年正月に延焼を免れた家が仁王門の大注連縄を奉納する(特別な奉納)『...
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龍正院(千葉県成田市)

りゅうしょういん通称・滑河観音ある冷害(天災)の年、領主の(小田)将治(地方豪族)が仏に祈願すると、結願の日に朝日姫と名乗る少女が現れた将治は朝日姫に小田川の朝日ヶ淵へ連れて行かれ、そこで老僧から一体の観音像(仏像)を与えられた観音像を祀る...
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片歯の梅(千葉県成田市)

かたはのうめ龍角寺七不思議の1つで、坂田ヶ池の岸辺にある坂田ヶ池の堤防が切れて難儀していたところ、ある女が人柱を立てることを提案して、自分が埋められてしまった堤防にいつしか梅の木が育ったが、成った実はすべて歯形のような跡がついていた人柱とな...
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甚兵衛渡し(千葉県成田市)

じんべいわたし印旛沼にある渡し場跡で、昭和43年(1968年)まで利用されていた佐倉惣五郎(義民)が江戸へ訴状を出しに行く際、この渡しを使った渡し守の甚兵衛は藩の禁を破って惣五郎を船に乗せ、その後で沼で自害した(地名の由来)『日本の伝説6 ...
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宗吾霊堂(千葉県成田市)

そうごれいどう正式名称は“東勝寺”で、坂上田村麻呂が房総を平定した時の戦死者を弔うために建立した(創建伝説)義民・佐倉惣五郎を祀る霊堂(堂宇)が本堂となる墓のある場所が処刑の地(刑場)とされる『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.38...
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成田山新勝寺(千葉県成田市)

なりたさんしんしょうじ平将門を調伏するため、寛朝僧正(名僧)が不動明王像を奉じてこの地で護摩祈祷(宗教儀式)をおこない、満願の日に敗死させた乱の平定後、不動明王像が動かなくなったので、この地に留めおいて寺を開いた(創建伝説)平将門を祭神とす...