泉大津岸和田

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摩湯山古墳(大阪府岸和田市)

まゆやまこふん聖武天皇の第三皇女・不破内親王の墓とされる古墳4世紀後半頃に造られた、大和地方以外の前期古墳としては最大級の古墳(全長約200m、後円部直径約127m)『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.51大阪府岸和田市 摩湯町
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光明塚古墳(大阪府岸和田市)

こうみょうづかこふん久米田寺境内にある古墳であることから、光明皇后の遺髪(毛髪)を納めた墓であるとされた直径25mほどの円墳であるが、南にある光明南塚古墳と併せて前方後円墳とも考えられる『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.51大阪府...
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諸兄塚(大阪府岸和田市)

もろえづか全長130m、高さ8mの、4世紀頃に造られた前方後円墳久米田寺に隣接する古墳であることから、ゆかりのある橘諸兄(皇族)の墓であるとされた戦国時代に三好実休(戦国武将)が陣を敷いたことから、貝吹山城跡とも呼ばれる『日本の伝説8 大阪...
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久米田寺(大阪府岸和田市)

くめだでら久米田池を管理するために行基が天平10年(738年)に建立したとされる(創建伝説)後に荒廃したが、安東蓮聖(武家)が、前世が橘諸兄であるので再興せよと託宣を藤代王子で受け、建治3年(1277年)以降再建した(生まれ変わり:奇縁)『...
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火消し地蔵(大阪府岸和田市)

ひけしじぞう久米田寺の山門前にある地蔵久米田池の造営に反対して(あるいは造営の際に人柱を出すことになった恨みから)寺を焼こうとした怨念の怪火が転がり現れたそれを食い止め鎮めるために行基が地蔵を建てたとされる(あるいは村人が置いたとも)『日本...
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久米田池(大阪府岸和田市)

くめだいけ周囲2.6kmの、府内最大の溜め池行基がこの池を造営する時に、人夫1000人分の食事のまかないをしたのが乙御前という乙女であった池が完成し、行基が褒美を与えようとすると、乙御前は「池が欲しい」と言って蛇身となり、そのまま池の主とな...
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泉穴師神社 狐堀(大阪府泉大津市)

いずみあなしじんじゃ きつねぼり境内にある豊中公園にあった湧水旱魃で村人が苦しんでいた時、穴師の森(叢林)に棲む狐が毎夜鳴く場所を掘ると湧き出た現在は痕跡も案内もない『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.49大阪府泉大津市 豊中町
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泉井上神社(大阪府和泉市)

いずみいのうえじんじゃ神功皇后が三韓征伐の途上に行啓した際に突如湧水が出たため、後に霊泉として社を建てた(創建伝説)社名は“泉の井戸の上に建つ社”の意味を持つ(名称の由来)この“和泉清水”が和泉国の地名の由来となった『日本の伝説8 大阪の伝...
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西福寺 雷井戸(大阪府和泉市)

さいふくじ かみなりいどこの寺の境内にある井戸に雷が落ちた時、村人が上に石蓋を置いて出られなくした雷神は二度とこの地に落ちないことを誓って放免された雷除けに「くわばらくわばら」と唱えるのはこの故事を起源とする(起源伝説)『日本の伝説8 大阪...
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小栗判官笠懸松/照手姫腰掛け石(大阪府和泉市)

おぐりはんがんかさかけまつ/てるてひめこしかけいし熊野街道(小栗街道)沿いにあり、熊野湯の峰へ向かう途中、小栗判官と照手姫が休憩した場所小栗判官は笠を松の木に掛け、照手姫は石に腰掛けた(腰掛け石)『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p....