八尾河内長野

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善光寺(大阪府八尾市)

ぜんこうじ難波の阿弥陀池で仏像を拾った本田善光(地方豪族)が信濃へ戻る途中一泊した村人と共にお籠もりした翌朝、仏像が2体となっていたため(神仏霊験譚)、1体をこの地に安置した(創建伝説)信濃善光寺建立後に善光が再訪し、道中突いてきた杖を挿す...
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水呑地蔵尊(大阪府八尾市)

みずのみじぞうそん大和から河内に抜ける街道筋、十三峠近くにある地蔵地蔵は承和3年(836年)に当地に安置され、現在のものは元禄7年(1694年)に造られた地蔵堂の横には、急坂にあえぐ行人のために空海が祈念して湧き出た湧水がある湧水は脚気など...
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神立茶屋辻(大阪府八尾市)

こうだちちゃやつじ在原業平が大和より通って逢瀬を重ねた女・梅野が住んでいたとされる茶屋の跡(屋敷跡)梅野が飯を自分でよそうところを、屋敷の東窓から覗き見した業平は興醒めして逃げ去り、気付いた梅野は後を追ったが見失い、自害した(悲恋伝説)この...
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玉祖神社 一節切の笛(大阪府八尾市)

たまのおやじんじゃ ひとよぎりのふえ大和から河内へ通い、女と逢瀬を重ねていた在原業平が、逢い引きのため笛の音を合図としたふと覗き見をした際、飯を自分で盛る女に興醒めした業平は、逢い引きに使っていた一節切の笛(楽器)をこの神社に置いて立ち去っ...
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中将姫所縁の石塔(大阪府東大阪市)

ちゅうじょうひめゆかりのせきとうこの地にあった渕側池(現存せず)に生える蓮から取った糸(裁縫道具)を使って、中将姫が当麻寺の曼荼羅を一夜にして織り上げたとされる池があった近くに中将姫供養のための石塔が建つ『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書...
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樟本神社(大阪府八尾市)

くすもとじんじゃ樟本神社は元来物部氏が領していたとされる木本村に三座あり、現在も3つとも残されている南木の本にある樟本神社付近で、物部守屋が稲城を築き、蘇我の軍勢を撃退したとされる(戦乱)北木の本にある樟本神社境内には、物部守屋の首級を洗っ...
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鏑矢塚(大阪府八尾市)

かぶらやづか蘇我馬子と物部守屋との戦乱で、聖徳太子が自ら四天王を彫り必勝祈願をしたところ、舎人の迹見赤檮(とみのいちい)が放った矢が物部守屋に当たったこれにより蘇我馬子は勝利し、この守屋を射た鏑矢は埋められ塚が造られた(物品供養)『日本の伝...
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物部守屋大連墳墓(大阪府八尾市)

もののべのもりやおおむらじふんぼこの地で戦乱の中で射殺された物部守屋の墓所最初は塚のみであったが、明治2年(1869年)に堺県知事・小河一敏によって墓碑が建てられた昭和末期になり、全国各地の神社から寄進された玉垣で囲まれる『日本の伝説8 大...
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大聖勝軍寺(大阪府八尾市)

だいしょうしょうぐんじ門前に物部守屋の首級を洗った守屋池が残る物部守屋との戦い(戦乱)で劣勢となった聖徳太子が逃げ隠れた椋の木がある助かった聖徳太子は椋の木を使って自らの像(貴人像)と四天王像を造り、戦後同地にこれらの像を安置する太子堂を建...
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▲三谷保桑能の墓(大阪府河内長野市)

みたにほそのうのはか三谷保桑能(豪傑)は平家の落人の子で、弓の名手とされる自分の親を食い殺した怪猫を退治したり、山中で大蛇を退治したなどの伝説が残る(化け物退治:蛇骨は光瀧寺に保管されているらしい)『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p...