大阪

大阪

善福寺(大阪府大阪市天王寺区)

ぜんぷくじ通称・どんどろ大師と呼ばれ、大坂城代だった土井利位(大名)の屋敷がそばにあり、“土井殿の大師”と呼ばれたのが、“どんどろ”の名称の由来人形浄瑠璃(演劇)『傾城阿波鳴門』で母子が邂逅する場面に設定されている元は鏡如庵という寺院があっ...
大阪

鵲森宮(大阪府大阪市中央区)

かささぎもりのみや通称・森之宮神社聖徳太子が両親(用明天皇・穴穂部間人皇后)を祀る社を鎮守社として建て、この地に四天王寺を建立した(後に現在地に移転)推古天皇6年(598年)に聖徳太子の命で新羅へ行った吉士盤金(きしのいわかね)が鵲を持ち帰...
大阪

越中井(大阪府大阪市中央区)

えっちゅうい豊臣時代にあった細川忠興(戦国大名)の屋敷跡で、台所があった場所にある井戸関ヶ原の戦い直前、細川ガラシャ(貞女)がこの場所で自害を果たした『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.26大阪府大阪市中央区 森ノ宮中央
大阪

蓮如上人袈裟懸けの松(大阪府大阪市中央区)

れんにょしょうにんけさがけのまつ大阪城公園(旧・石山本願寺)内にある明応5年(1496年)から約3年間この地に滞在した蓮如が、袈裟を掛けたとされる松の木の根の部分が残る『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.26大阪府大阪市中央区 大阪...
大阪

小楠公義戦之跡(大阪府大阪市中央区)

しょうなんこうぎせんのあと楠木正行(南北朝の武将)が、この地にあった渡辺橋で北朝方と戦い、勝利した(南北朝の戦い)記念碑敵の将兵約500名が橋から転落したのを助け、衣食や薬などを与えねぎらった助けられた将兵は正行に帰順し、後に正行と共に全員...
大阪

堂島薬師堂(大阪府大阪市北区)

どうじまやくしどう聖徳太子の四天王寺建立の際、木材を運ぶ船が嵐によって島に流れ着いたその後、その地に堂宇が建てられたことから、堂島の地名の由来となった『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.25大阪府大阪市北区 堂島
大阪

太融寺 淀殿の墓(大阪府大阪市北区)

たいゆうじ よどどののはか明治10年(1877年)に、大阪城外鴫野弁天島の弁天社の隣にあった淀君の墓を改葬したもの改葬の際に九輪塔(供養塔)が築かれた(戦災で六輪に)『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.25大阪府大阪市北区 太融寺町
大阪

夕日神明社旧跡(大阪府大阪市北区)

ゆうひしんめいしゃきゅうせき源融(公家)が、当時海に浮かぶ島であったこの地に創建した社が西を向いて建てられたため、“夕日”の名がついた(名称の由来)近松門左衛門の人形浄瑠璃(演劇)『心中刃は氷の朔日』で心中事件が起きた藍畑があった場所とされ...
大阪

露天神社(大阪府大阪市北区)

つゆてんじんしゃ大宰府へ左遷される菅原道真が、この地で詠んだ「露と散る 涙に袖は 朽ちにけり 都のことを 思い出ずれば」の和歌から名付けられた(名称の由来)近松門左衛門の人形浄瑠璃(演劇)『曽根崎心中』のお初徳兵衛が心中した場所この事件から...
大阪

日羅公之碑(大阪府大阪市北区)

にちらこうのひ敏達天皇12年(583年)に、百済から招かれた官僚・日羅が暗殺され、その初葬の地に建てられたとされる記念碑『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.23大阪府大阪市北区 天満橋