桐生太田館林

桐生太田館林

権現沼(群馬県板倉町)

ごんげんぬま椀貸伝説があり、“膳棚の沼”とも呼ばれる沼の主は権現様と呼ばれ、正体は白蛇とされる沼は龍宮に通じており、そこにいる亀が膳椀を運んでいたが、ある者が蓋を返さなかったため亀は現れなくなった『日本の伝説27 上州の伝説』(角川書店)p...
桐生太田館林

坂東太郎岩(群馬県みどり市)

ばんどうたろういわ渡良瀬川上流にある、高さ10m幅20mの巨石人間に姿を変えて(変化する石)伊勢参をした日光東照宮の石材にしようと杭を打つと血を噴き出したため、そのまま放置した(血の出る石)毎年少しずつ上流へ遡っているともされる『日本の伝説...
桐生太田館林

鳥海神社(群馬県みどり市)

ちょうかいじんじゃ祭神は鳥海弥三郎(安倍宗任)捕らえられて京に送られる宗任に従って家来約700名が上野国までついて来た(アイヌ蝦夷)大人数を京へは連れていけないため、この地に残り土着した者が祀ったとされる(創建伝説)『日本の伝説27 上州の...
桐生太田館林

安勝寺 光明真言金亀宝篋印塔(群馬県板倉町)

あんしょうじ こんこうしんごんきんきほうきょういんとう漁夫が沼に光るもの(怪光)を見つけ、引き上げると石の亀(石像)であった宝暦7年(1757年)の洪水の時に、再び石亀が光り輝き動き出したため(動く絵や像)、宝篋印塔を上に乗せ動かなくした『...
桐生太田館林

楠木神社(群馬県館林市)

くすのきじんじゃ湊川の戦いで討死した楠木正成の首級を家臣5名が笈に入れて廻国したこの地で休憩して出発する時に首級を入れた笈が重くなって動かせなくなったやむなく首級を埋めて(首塚)社を建て、家臣もこの地に土着して社に奉仕した(創建伝説)『日本...
桐生太田館林

常楽寺 やきもち地蔵(群馬県館林市)

じょうらくじ やきもちじぞう近くの深諦寺の日限地蔵を見初め、夜な夜なこの寺の地蔵が川沿いの土手を歩いた(動く絵や像:遊ぶ神仏)住職が柵を作ったがこれを破って出歩くため、さらに厳重に囲われて出られなくなった近くの橋を婚礼の列が渡ると不縁になる...
桐生太田館林

茂林寺 守鶴堂(群馬県館林市)

もりんじ しゅかくどう吾妻郡青雲寺の住職だった四角が、茂林寺開山の正通上人に拾われたのが守鶴(僧侶)とされる守鶴は湯が尽きることがない茶釜を持っており、分福茶釜と称された100年以上歴代住職に仕えたが、守鶴の正体は古狸であり、茶釜も自身が化...
桐生太田館林

青梅神社(群馬県館林市)

あおうめじんじゃ青梅天満宮とも呼ばれる大宰府に左遷された菅原道真が楊枝を刺した梅の実を四方へ投げたそのうち東へ投げた梅がこの地に落ちて青梅となった(創建伝説)(北:出雲国はなくりの梅 南:讃岐国五色の梅 西:筑紫国飛び梅)『日本の伝説27 ...
桐生太田館林

竜の井(群馬県館林市)

たつのいかつてこの地にあった善導寺の幡随意上人(名僧)が説教しているところに妙齢の婦人が現れた婦人は城沼の龍神の妻であり、血脈を受けると、境内の井戸に入って寺を守護した(人外の悟り)善導寺は昭和61年に移転、井戸は当地に残された『日本の伝説...
桐生太田館林

尾曳稲荷神社(群馬県館林市)

おびきいなりじんじゃ享禄元年(1528年)に子狐を助けた赤井照光(戦国武将)の許へ親狐が現れ、四神相応の地である館林に城を築くよう進言し、尾を引いて城の縄張りを示した(動物報恩譚)これに基づき天文元年(1532年)に館林城が完成し、鬼門の地...