八処女神明宮(山梨県市川三郷町)

峡南

やおとめしんめいぐう

  • 甲斐源氏・源義清の家臣として京より来た甚左衛門は紙の製法に熟達しており、この地にそれを伝授した
  • その後、市川和紙として広く知られるようになった(起源伝説)
  • 甚左衛門は死後紙明社に祀られ、それが神明社と改称、さらに八乙女神社と合祀して現在に至る(名称の由来)

『日本の伝説10 甲州の伝説』(角川書店)p.109

山梨県市川三郷町 市川大門

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