山城講田寺 笑地蔵(京都府八幡市) こうでんじ わらいじぞう長柄橋の人柱となった父の巌氏(長者)を思い、喋らなくなった娘は父の菩提を弔うため出家して不言寺を建て、長柄橋の橋柱(用材)で地蔵を造ったあるいは離縁を免れた娘が、夫の死後に不言寺を建てたともその後不言寺が廃寺となり、... 2025.07.06山城
丹後涙ヶ磯(京都府宮津市) なみだがいそ平忠房の愛妾であった白拍子の花松は一子をもうけて丹後に隠れ住んでいた(平家の落人)源氏の探索が厳しくなったため、この磯にある身投げ石(名石)から親子で投身したように見せかけたという謡曲「丹後物狂」では、些細なことで勘当された息子... 2024.12.27丹後
丹後浦島屋敷(京都府京丹後市) うらしまやしき銚子山古墳のそばにある浦嶋子(浦島太郎)の屋敷跡とされる更地があるこの場所で浦嶋子は玉手箱を開けたとされ、年老いて出来たしわを投げつけた“しわ榎”が残る『日本の伝説1 京都の伝説』(角川書店)p.131日本伝承大鑑 京都府京丹... 2024.12.26丹後
丹後立岩(京都府京丹後市) たていわ丹後国三上ヶ嶽(大江山)に英胡・軽足・土熊という3匹を大将とする鬼の群れが暴れていた命を受けた麻呂子親王(聖徳太子の異母弟)が英胡・軽足を討ち取り、土熊を捕縛した土熊は、鬼退治の末代までの証拠として、立岩に閉じ込めたとされる(化け物... 2024.12.26丹後
丹後新井崎神社(京都府伊根町) にいざきじんじゃ産土神として徐福を祀る徐福が上陸・定住し、村人にさまざま技術や文化をもたらしたとされる“にいもよぎ”という草が徐福が求めた仙薬(薬草)であると伝わる『日本の伝説1 京都の伝説』(角川書店)p.126日本伝承大鑑 京都府伊根町... 2024.12.26丹後
丹後成相寺 つかずの鐘(京都府宮津市) なりあいでら つかずのかね成相寺の鐘楼にある鐘鋳造の浄財を求めたところ、ある金持ちの女房が拒否し「この赤ん坊ならさし上げる」と揶揄した境内で鐘を鋳造したところ、金持ちの女房が赤ん坊を溶鋼の中に落としてしまった(因果応報譚)鐘は出来たが、鐘を... 2024.12.26丹後
丹後成相寺 底なし池(京都府宮津市) なりあいでら そこなしいけ成相寺の境内にある池池に大蛇が棲み、寺の小僧を次々と食い、最後に一人だけが残るまでになった住職は藁人形に火薬(鉄砲火薬)を詰めて大蛇に食わせ、腹の中で爆発させた(化け物退治)傷ついた大蛇は、国分寺の鐘をかぶり、空を... 2024.12.26丹後
丹後丹後国分寺 鬼の面(京都府宮津市) たんごこくぶんじ おにのめん丹後国分寺に住み込んでいた下働きの夫婦が鬼で、住職にいない間に食料を大量に食べていた正体がばれた鬼は、薪に爪で自分達の顔を彫りつけて退散したという面は祈雨に使われていたといわれる現在、丹後郷土資料館に展示『日本の... 2024.12.26丹後
丹後岩見重太郎仇討ちの場(京都府宮津市) いわみじゅうたろうあだうちのば岩見重太郎が寛永9年に、天橋立で父の仇討ちをした場所とされる近くに「岩見重太郎試し切りの石(切断した石)」がある試し切りの石は、涙ヶ磯にあった供養塔を大正時代に移設したものらしい『日本の伝説1 京都の伝説』(角... 2024.12.26丹後
丹後天橋立(京都府宮津市) あまのはしだて日本三景の一つで、宮津湾内に延びる砂州(洲)『丹後国風土記』では、伊弉諾神が天に昇る梯を造っていたが、寝ている内にそれが倒れたものとされる(地形の由来)『古事記』の国生みの際に、最初に伊弉諾神・伊弉冉神が立った“天の浮橋”が天... 2024.12.26丹後