佐藤継信

中越

勝見稲荷堂(新潟県出雲崎町)

かつみいなりどう源義経の兜の守護神である、源九郎稲荷(狐)を祀るこの地に上陸した義経を見送った後、静御前と佐藤継信・佐藤忠信の母である音羽御前がこの地に留まって建立した(創建伝説)別名・源九郎稲荷『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)p...
高松坂出

菊王丸の墓(香川県高松市)

きくおうまるのはか平教経(平氏)に仕えていた菊王丸(小姓)は、屋島の戦いで教経が射落とした佐藤継信の首を取ろうとした継信の弟の佐藤忠信は、兄の首を取られまいと、菊王丸を矢で射た菊王丸は教経に抱えられ船に戻ったが亡くなり、その後射られた場所に...
高松坂出

射落畠(香川県高松市)

いおちばた屋島の戦いで、佐藤継信が主人の源義経の身代わりとなって討死した平教経(平氏)の矢によって射られ、落馬した場所とされる『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店)p.23日本伝承大鑑:香川県高松市 牟礼町牟礼
高松坂出

太夫黒の墓(香川県高松市)

たゆうぐろのはか佐藤継信が討死した際、布施として寺に預けられた馬その後行方をくらまし、数日後に継信の墓の横で死んでいるのが見つかったため、一緒に葬られた(鳥獣墓)一の谷の戦いで源義経が「鵯越の逆落とし」をした時に騎乗していた馬(名馬伝説)『...
高松坂出

佐藤継信の墓(香川県高松市)

さとうつぐのぶのはか源義経の家臣・佐藤継信の墓所屋島の戦いで主人の身代わりとなって討死した寛永20年(1643年)高松藩主・松平頼重(大名)が標石を建て、昭和6年(1931年)に30世子孫が現在の墓所の形に改修した『日本の伝説5 讃岐の伝説...