供養塔

中毛

養行寺 静御前の墓(群馬県前橋市)

ようぎょうじ しずかごぜんのはか奥州へ逃れた源義経の後を追ってきた静御前は当地で病死した養行寺の墓は供養塔であるとされる『日本の伝説27 上州の伝説』(角川書店)p.42日本伝承大鑑:群馬県前橋市 三河町
出雲

▲八百屋お七・小姓吉三の墓(島根県出雲市)

やおやおきち・こしょうきちざのはか鰐淵寺参道にある墓碑(供養塔)八百屋お七慰霊のために出家した小姓吉三は全国を行脚中、鰐淵寺で行き倒れとなり、2人の墓が建てられた『日本の伝説48 出雲・石見の伝説』(角川書店)p.52島根県出雲市 別所町
南薩

虎御前供養塔(鹿児島県南九州市)

とらごぜんくようとう曾我兄弟の兄・曾我十郎の愛妾であった虎御前のために建てられた供養塔この付近の木を伐ると死ぬとされ、死んだ者があるとされる(祟るもの)『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.103鹿児島県南九州市 川辺町神殿
北薩

源頼朝の石塔(鹿児島県伊佐市)

みなもとのよりとものせきとう広徳寺跡にある供養塔で、中央が源頼朝、左右に比企能員(源平の武将)と丹後局(側室:島津氏初代の生母)の墓とされる広徳寺は頼朝の弟・乙若丸(義円:源氏)が開山とされる『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p....
大隅

虎ヶ石(鹿児島県志布志市)

とらがいしこの地を訪れた虎御前が曾我兄弟のために建てた供養塔あるいは虎御前の墓とされるかつては近くの大慈寺の境内にあたり、夜歩いていた武士が妖怪と間違えて斬りつけた傷痕が残る『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.26鹿児島県志布志...
大隅

おきん女供養碑(鹿児島県鹿屋市)

おきんじょくようひ?垂水島津家の当主・久信(大名一門)はおきんという村娘に懸想した意に添わなかったため蛇の入った甕に押し込め殺した(子女受難)憐れにい思った者が供養塔を建てたが、おきんの出生地の野間では美人が生まれなくなった(美醜の俗信)『...
峡南

琴路崖・琴路の滝(山梨県早川町)

ことじがけ・ことじのたき奈良田の吾平は、仕事で出会った琴路という娘と恋仲となった琴路は毎夜はるばる奈良田まで通い続けるが、その愛着執心を怖れた吾平は、途中の一本橋に鋸を入れて細工したその夜琴路は橋が崩れ落ちて亡くなり、吾平も別の場所で身投げ...
北摂

曾我の宮跡/鬼王・団三郎の墓(大阪府能勢町)

そがのみやあと/おにおう・だんざぶろうのはかに仕えた鬼王・団三郎の兄弟が柏原の出身であり、仇討ち後郷里に戻って主人の冥福を祈って宮を建立した宮跡と同じ場所には、鬼王・団三郎兄弟の供養塔が残る『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.118...
大阪

太融寺 淀殿の墓(大阪府大阪市北区)

たいゆうじ よどどののはか明治10年(1877年)に、大阪城外鴫野弁天島の弁天社の隣にあった淀君の墓を改葬したもの改葬の際に九輪塔(供養塔)が築かれた(戦災で六輪に)『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.25大阪府大阪市北区 太融寺町
奥能登

永禅寺 曾我兄弟供養塔(石川県珠洲市)

ようぜんじ そがきょうだいくようとう山門近くに曾我兄弟の供養塔があるが、中興の開山となった月庵禅師(名僧)が曾我氏の出身であるとされる『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.126石川県珠洲市 上戸町寺社