武雄多久祐徳稲荷神社(佐賀県鹿島市) ゆうとくいなりじんじゃ花山院萬子媛(姫君)が、肥前鹿島藩主・鍋島直朝(大名)に嫁ぐ時に伏見稲荷大社の分霊を授かった貞享4年(1687年)に萬子媛は石壁山に分霊を祀る社殿を建て、自らその地で神仏への奉仕を始めた(創建伝説)宝永2年(1705年... 2026.01.24武雄多久
四万十足摺不増不減の手水鉢(高知県土佐清水市) ふぞうふげんのちょうずばち足摺七不思議の一つ弟子の日円上人に先に補陀落渡海(入定)をされてしまった賀東上人(名僧)が、この岩の上に身を投げ出して泣いたその涙が不増不減の水となって残っている(名石:手水鉢)『日本の伝説22 土佐の伝説』(角川... 2025.12.06四万十足摺
さいたま川口永勝寺 相海上人入定塚(埼玉県鴻巣市) えいしょうじ そうかいしょうにんにゅうじょうづか寛文2年(1662年)相海(僧侶)は喘息で苦しんでいたことから、人々が喘息で苦しまないことを念じて入定した(入定塚)願を掛けて喘息が治ると、竹筒に酒を入れて奉納する習慣がある(特別な奉納)『日... 2025.10.23さいたま川口
峡北峡中▲泉龍寺 無頭坊上人塚(山梨県北杜市) せんりゅうじ むとうぼうしょうにんづか?天保の飢饉の折、凶作から人々を救いたいと一人の托鉢僧(僧侶)が穴を掘って土中に入定した(入定塚)その跡に無縫塔を建て、無頭坊と呼んだ『日本の伝説10 甲州の伝説』(角川書店)p.83山梨県北杜市 高根... 2025.08.10峡北峡中
海部知多五右衛門地蔵(愛知県知多市) ごえもんじぞう五右衛門という名の旅の六部(巡礼六部)が住み着き、毎日のように酒ばかり飲んで暮らしていたある時、流行病を鎮めるために自分から穴を掘って入定し、村人がその跡地に地蔵を建てた『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書店)p.51愛知県知... 2025.05.10海部知多
尾張円福寺 八百比丘尼堂(愛知県春日井市) えんぷくじ やおびくにどうこのあたりが海に面した頃、首から上が人間の魚(人魚)が捕れ、それを食した少女が不老不死となった800年生き長らえた女は剃髪して諸国を巡り、若狭の空印寺で入定、八百比丘尼と呼ばれた一説では、寺の裏山にある、若狭へ通ず... 2025.05.09尾張
安房請雨塔(千葉県南房総市) しょううとう明和8年(1771年)に日運寺の日敬が堀切堰で、失敗の場合は焼身すると約して祈雨して雨を降らせた(雨乞い伝説)その後、入定の行をおこなっていた日鑑も堀切堰(池)で雨乞いをおこなったこれらの功績を称えて後に建てられたのが請雨塔(顕... 2025.04.29安房
安房西春法師の入定塚(千葉県南房総市) さいしゅんほうしのにゅうじょうづか地元の漁師だった西春法師(僧侶)は行を積み、最後は土中の石室に入り入定した3年後に掘り起こすよう頼んだが、村人は怖れて手を付けず今に至る(入定塚)入定後は星となり、星が見える時は時化になるので船を出さないよ... 2025.04.29安房
北総頭白上人入定塚(千葉県香取市) ずはくしょうにんにゅうじょうづか文明15年(1583年)に頭白上人(名僧)が、疫病や災害に苦しむ人々を救うために入定した3年後に村人が、底辺50mあまりの3段の方墳を築いて入定塚とし、板碑を建立した『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p... 2025.04.25北総
豊前国東快長院の人柱(大分県宇佐市) かいちょういんのひとばしら安心院七不思議の1つ快長院という僧侶が、村の人に看護された礼に、水の印を結んで入定したその後、村は水に困ることなく、また火災に遭うこともなくなったという(人柱)それから、真夜中になると、入定した時の鉦の音が聞こえる... 2025.03.18豊前国東