刑場

中越

与茂七地蔵(新潟県長岡市)

よもしちじぞう庄屋と対立し、新発田藩所有の林の木を切ったなどの無実の罪を被せられ、正徳3年(1713年)に処刑された大竹与茂七(義民)の首を晒した場所(刑場)に建てられた地蔵その後、新発田の町では大火(火事)が起こり、与茂七の祟りとされた『...
西讃

王尾内記と権太夫の墓(香川県まんのう町)

おうびないきとごんだゆうのはか金刀比羅宮の経営に関して、王尾内記の息子の松太夫と、内記の弟の権太夫が金光院を訴えた(社家)最終的に内記の一族が処刑されたが、金光院で怪事が続いたため、祟りを怖れて墓を建てた墓所は、内記らが処刑された刑場とされ...
西讃

首切峠(香川県まんのう町)

くびきりとうげ造田備中守(戦国武将)が長宗我部軍に敗れ、多くの将兵がこの地で斬首された(刑場)とされる峠(地名の由来)旧道には、弘化2年(1845年)建立の“首切地蔵”と呼ばれる地蔵が立つ『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店)p.81香川...
置賜

北山原殉教遺跡(山形県米沢市)

ほくさんばらじゅんきょういせき寛永5年(1628年)に米沢藩で最初におこなわれたキリシタン弾圧事件の処刑場上杉家の上級藩士であった甘粕右衛門一家を始めとして、米沢藩在のキリシタン57名を処刑した昭和3年(1928年)になって神父により殉教地...
置賜

キリシタン墓(山形県米沢市)

きりしたんはか寛永5年(1628年)に米沢藩でおこなわれたキリシタン弾圧で、糠山にいた藩の徒小姓家族のうちキリシタンの女子供7名を処刑した(男性は北山原にて処刑)斬首刑がおこなわれた糠山の飯田邸跡に7基の墓が残る(刑場)近くにキリシタン井戸...
島尻

恵比須神社(沖縄県那覇市)

えびすじんじゃ別名・安謝の処刑場跡平敷屋朝敏(文人)が処刑された刑場跡地神社の崖下にある洞穴の前に供養塔が立ち、刑場跡地とされる神社は戦後に創建されたもので、刑場とは直悦関係はない『日本の伝説2 沖縄の伝説』(角川書店)p.17沖縄県那覇市...