武雄多久小城和泉式部宝篋印塔(佐賀県嬉野市) いずみしきぶほうきょういんとう和泉式部の墓と伝わる宝篋印塔塩田の長者の大黒丸夫婦は子がないため、福泉禅寺に子授の祈願をおこなったところ、裏山に鹿が生んだ女児がいたので我が子として育てた(生誕伝説)女児は9歳になるまで長者の許で育てられ、その... 2026.01.20武雄多久小城
武雄多久小城福泉禅寺(佐賀県白石町) ふくせんぜんじ和泉式部の生誕地とされ、裏山に住む鹿の子として生まれたとされる(生誕伝説)泣き声が聞こえるので探ると、赤子が白鹿の乳を飲んでおり、それが後年の和泉式部とされる式部が故郷を思って詠んだ和歌「ふるさとに 帰る衣の 色朽ちて 錦の浦... 2026.01.20武雄多久小城
武雄多久小城杵島山(佐賀県白石町) きしまやま常陸の筑波山、摂津の歌垣山と共に“日本三大歌垣”として知られる山歌垣は、春と秋に若い男女が集まって飲食しながら歌を詠み合う、求愛の行事歌垣公園には、『万葉集』の「あられふる 杵島が岳を 険しみと 草とりかねて 妹が手をとる」の和歌... 2026.01.19武雄多久小城
佐賀鳥栖稗粥地蔵(佐賀県神埼市) ひえがゆじぞう隠岐から脱出した後鳥羽上皇が隠れ住んだとされる“絹巻の里”にある地蔵(貴種流離譚)冬の日に従者と共にこの地を訪れた上皇は空腹のため、百姓家で食べ物を所望した家の老婆が差し出した稗粥(料理)をお代わりして食べた上皇は「かくばかり... 2025.12.31佐賀鳥栖
吉野十津川西行庵(奈良県吉野町) さいぎょうあん出家した西行がこの地に庵(住居)を構え、3年間住んだとされる庵の近くには、西行が「とくとくと 落つる岩間の 苔清水 汲みほすまでも なき住居かな」と詠んだ和歌にある“苔清水”という湧水がある『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川... 2025.11.23吉野十津川
橿原桜井天理在原神社 筒井筒(奈良県天理市) ありわらじんじゃ つついづつかつて在原寺があった地で、在原業平と妻の紀有常の娘もこの地に住んでいたとされる境内にある井戸は、『伊勢物語』で「筒井筒 ゐづつにかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに」と和歌に詠まれ、また謡曲「井筒」に... 2025.11.13橿原桜井天理
奈良宇陀手向山八幡宮 菅原道真腰掛石(奈良県奈良市) たむけやまはちまんぐう すがわらみちざねこしかけいし宇多上皇のお供として赴いた菅原道真がこの腰掛け石に座り、和歌を一首詠んだこのときの歌「このたびは 幣もとりあえず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」は『小倉百人一首』に採用された『日本の伝説... 2025.11.07奈良宇陀
川越所沢飯能満行寺(埼玉県新座市) まんぎょうじ周囲が草原の中に堂宇が一つ建っていることから“野寺”の通称で知られる(名称の由来:地名の由来)特に“野寺の鐘”が有名であり、在原業平が「武蔵野の 野寺の鐘の 声聞けば おちこち人ぞ 道いそぐらん」と和歌に詠み込んでいる『日本の伝... 2025.10.24川越所沢飯能
川越所沢飯能平林寺 野火止塚(埼玉県新座市) へいりんじ のびどめづか長勝長者の許に滞在していた在原業平は、長者の娘の青前姫(姫君)と相思相愛の仲となった長者が仲を認めないため二人は館から逃げたが、追っ手は火をつけて炙り出そうとした身の危険を感じた姫が和歌を歌うと火は途中で消えるも、居... 2025.10.24川越所沢飯能
川越所沢飯能七曲井(埼玉県狭山市) ななまがりのい地面を摺鉢状に穴を掘って造られた古代の井戸で、“ほりかねの井”として歌枕になっている平安中期の歌人・伊勢の和歌に詠まれ、宝暦9年(1759年)に最後の改修がおこなわれていることから、長年使用されていたとされる地上の穴の直径は2... 2025.10.23川越所沢飯能