武雄多久小城和泉式部宝篋印塔(佐賀県嬉野市) いずみしきぶほうきょういんとう和泉式部の墓と伝わる宝篋印塔塩田の長者の大黒丸夫婦は子がないため、福泉禅寺に子授の祈願をおこなったところ、裏山に鹿が生んだ女児がいたので我が子として育てた(生誕伝説)女児は9歳になるまで長者の許で育てられ、その... 2026.01.20武雄多久小城
武雄多久小城福泉禅寺(佐賀県白石町) ふくせんぜんじ和泉式部の生誕地とされ、裏山に住む鹿の子として生まれたとされる(生誕伝説)泣き声が聞こえるので探ると、赤子が白鹿の乳を飲んでおり、それが後年の和泉式部とされる式部が故郷を思って詠んだ和歌「ふるさとに 帰る衣の 色朽ちて 錦の浦... 2026.01.20武雄多久小城
四万十須崎金剛福寺 和泉式部の逆修塔(高知県土佐清水市) こんごうふくじ いずみしきぶのぎゃくしゅうとう四国八十八ヶ所霊場第38番札所の金剛福寺境内にある和泉式部の毛髪が収められた逆修塔とされる『日本の伝説22 土佐の伝説』(角川書店)p.84高知県土佐清水市 足摺岬 2025.12.06四万十須崎
浜田益田正法寺(島根県浜田市) しょうぼうじ九州から帰途についた和泉式部が、1年前に棄てた娘を京へ連れて帰ろうとした(親子の情愛)娘を拾って育てていたのが正法寺で、娘の顔が母そっくりであったため事情を話して連れ帰った娘は後に小式部内侍となる『日本の伝説48 出雲・石見の伝... 2025.09.11浜田益田
浜田益田子落橋(島根県浜田市) こおとしばし和泉式部は九州の父に会いに行く途中の山陰道で、娘を出産する赤子を連れての旅は無理と悟り、道中で娘を棄てたとされる橋(子女受難)棄てた子は後の小式部内侍『日本の伝説48 出雲・石見の伝説』(角川書店)p.104島根県浜田市 三隅町... 2025.09.11浜田益田
高槻茨木池田無二寺 宝篋印塔(大阪府池田市) むにじ ほうきょういんとう境内に宝篋印塔があり、和泉式部の供養塔とされる和泉式部は藤原保昌の妻となって摂津国へ赴いた鹿の鳴き声を聞いた夫が狩りに出ようとした時に「ことわりや いかでか鹿の 鳴かざらん 今宵限りの 命と思へば」と和歌で諫め、保... 2025.07.13高槻茨木池田
泉大津岸和田影見ヶ池(大阪府岬町) かげみがいけ和泉式部が化粧直しのために立ち寄った池池に咲く蓮の花と池に映る自分の顔を見て「溺女や 影見ヶ池の 蓮花は 心地よげにぞ 香いぬるかな」と和歌を詠んだ『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.64大阪府岬町 深日 2025.07.09泉大津岸和田
泉大津岸和田和泉式部恋の淵(大阪府岸和田市) いずみしきぶこいのふち和泉式部が、思いを寄せる男性と一緒にこの淵の湧水で顔を洗ったところ、恋が成就したとされる(恋の伝説)池の中央部に「あらざらむ この世の外の 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」の和歌が刻まれた歌碑が建つ『日本の伝説... 2025.07.08泉大津岸和田
泉大津岸和田和泉式部筆塚/硯塚(大阪府岸和田市) いずみしきぶふでづか/すずりづか和泉式部が使っていた、筆と硯(文具)をそれぞれ埋めた塚とされる思うように歌が詠めず、筆と硯を投げ捨てた跡ともされる『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.51大阪府岸和田市 下松町 2025.07.08泉大津岸和田
堺和泉式部宮(大阪府堺市西区) いずみしきぶのみや和泉式部が、夫の橘道貞が和泉守として赴任した長保元年(999年)頃に一緒にやって来て、共に住んだ屋敷跡とされる和泉式部旧居跡とも呼ばれる『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.43大阪府堺市西区 平岡町 2025.07.07堺