地蔵

下越

賽の河原(新潟県阿賀野市)

さいのかわら五頭山は霊場として知られ、その麓の川岸(岸水辺)を賽の河原と見立てている付近には多くの地蔵があり、地蔵堂(堂宇)の内部には多くの積み石が置かれている『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)p.112新潟県阿賀野市 畑江
下越

餓鬼地蔵(新潟県新潟市秋葉区)

がきじぞう飢饉による餓死者を埋めて供養した場所に建てられた地蔵この前を通ると急に空腹になり倒れてしまう者が多くあった(餓鬼憑き)『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)p.100新潟県新潟市秋葉区 新津東町
下越

法幢寺 酒呑地蔵(新潟県新潟市江南区)

ほうどうじ さけのみじぞう寺の前にある酒屋に毎日酒を飲みに来る小僧がいた(遊ぶ神仏)金を払わないため、主人が鉈を投げつけると踵に当たったが、小僧はそのまま帰った主人が後をつけると、寺の地蔵の前辺りで消えたので、調べたところ地蔵の踵部分が欠け...
下越

おさる地蔵(新潟県新潟市西蒲区)

おさるじぞうおさるという名の娘が、帰り道に地蔵堂の前で休んでいると、賊に襲われた袈裟懸けに斬られたと思ったが痛みはなく、気付くと地蔵が代わりに斬られていた(身代わりの神仏)『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)p.89新潟県新潟市西蒲区...
下越

酒呑童子の墓(新潟県新潟市西蒲区)

しゅてんどうじのはか桃井法親王の従者であった善次兵衛俊兼が戸隠山に祈願して授かった子が酒呑童子とされる懐妊中にトチという魚(魚類)を食べると、男は大泥棒、女は淫婦が生まれるとされ(禁忌)、母親がそれを食べていた今でもこの地に、酒呑童子の墓と...
中越

与茂七地蔵(新潟県長岡市)

よもしちじぞう一揆の疑いをかけられ無実の罪で処刑された大竹与茂七(義民)の首を晒した場所(刑場)に建てられた地蔵『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)p.73新潟県長岡市 中之島
中越

お転婆地蔵(新潟県魚沼市)

おてんばじぞう前を通る人に向かって「盆踊りに連れて行ってくれ」と頼んだ地蔵(遊ぶ神仏)怪力の若者が承知し、連れていく時は軽いが、帰りは難儀するほど重くなった『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)p.46新潟県魚沼市 堀之内
上越

原山地蔵(新潟県糸魚川市)

はらやまじぞう金を盗んだ盗人が地蔵の後ろに隠そうとしたら、地蔵が声を掛けたので逃げてしまい、無事持ち主の元に戻った(喋る物)雲助が女性を襲おうとしたら、地蔵が制止する声が聞こえて、女性は助かった(神仏霊験譚)『日本の伝説41 越後の伝説』(...
豊前国東

興導寺 火燃地蔵(大分県国東市)

こうどうじ ひともしじぞう興導寺にある地蔵暴風雨(嵐)の時、住職がおさまるよう地蔵に祈願すると、風が止んだその時、境内の灯明に灯り(灯火)をつけて回る童子の姿があった翌日その足跡をたどると、祈願した地蔵の許にたどり着いた(手伝う神仏)『日本...
豊前国東

轟地蔵(大分県杵築市)

とどろきじぞう城主の娘であった豊姫は容姿が悪かった(醜女)ため縁談を断られ、轟の淵に身を投げた城主は不憫に思い、1つの岩を割って2体の地蔵を造り、1体は城の近くの岩穴に、もう1体は轟の淵に安置した地蔵に白粉(化粧品)を塗ると美人になるとされ...