堂宇

備後

阿伏兎観音(広島県福山市)

あぶとかんのん正式名称は磐台寺寺を開いた花山院が納めた石像の観音(仏像)は一時行方知れずとなったが、漁夫の見た夢のお告げで沖合から発見された(夢告)現在の観音堂(堂宇)は毛利輝元(戦国大名)が元亀元年(1570年)に建立した安産・子育てのご...
北総

宗吾霊堂(千葉県成田市)

そうごれいどう正式名称は“東勝寺”で、坂上田村麻呂が房総を平定した時の戦死者を弔うために建立した(創建伝説)義民・佐倉惣五郎を祀る霊堂(堂宇)が本堂となる墓のある場所が処刑の地(刑場)とされる『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.38...
東葛飾

手児奈霊神堂(千葉県市川市)

てこなれいしんどう手児奈という名の美しい乙女がいたが、多くの男から言い寄られたため、悩んだ挙げ句海に飛び込んで亡くなった(子女受難)手児奈の慰霊のため弘法寺が建てられ、さらに文亀元年(1501年)に住職の夢枕に手児奈が現れ、人々の守護を誓っ...
下越

賽の河原(新潟県阿賀野市)

さいのかわら五頭山は霊場として知られ、その麓の川岸(岸水辺)を賽の河原と見立てている付近には多くの地蔵があり、地蔵堂(堂宇)の内部には多くの積み石が置かれている『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)p.112新潟県阿賀野市 畑江
下越

慈光寺 慈戒堂(新潟県五泉市)

じこうじ じかいどう別名・天狗堂開山である傑堂能勝(名僧)の法力によって神通力を得た慈戒和尚は、石や木を切りだして慈光寺の諸堂(堂宇)を建てたよく働く寺の小僧への褒美に、背中に乗せて飛ぶと、1日で京都の祇園祭の見学をさせて戻ってきた慈戒和尚...
中越

良寛堂(新潟県出雲崎町)

りょうかんどう良寛(僧侶:歌人:書家)の生家である橘屋跡(屋敷跡)に、大正11年(1922年)に建てられた良寛の遺徳を偲ぶ堂宇で、良寛が携帯していた石地蔵をはめ込んだ多宝塔(石塔)が堂内に安置される『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)...
中越

普光寺 毘沙門堂(新潟県南魚沼市)

ふこうじ びしゃもんどう坂上田村麻呂が蝦夷征伐の途上、戦勝祈願に建てた古刹按摩(座頭)が、毘沙門堂の僧の身体を揉んで、その骨格からその正体が山猫であることを知って、事実を伝えて死んだ多くの村人が山狩りをしたが見つからなかったため、毘沙門堂で...
豊前国東

千人堂(大分県姫島村)

せんにんどう姫島七不思議の1つ大晦日の夜に限り、借金取りから逃げる人を1000人収容できるとされる堂宇『日本の伝説49 大分の伝説』(角川書店)p.97大分県姫島村
東讃

長勝寺(香川県土庄町)

ちょうしょうじ元禄15年(1702年)に大石内蔵助の御用人であった小江村の久右衛門の計らいで、赤穂にあった内蔵助の屋敷を移して本堂(堂宇)としている寺院(奇縁)同じ縁で内蔵助愛用の茶釜と屏風(家具調度)が保管されている『日本の伝説5 讃岐の...
高松坂出

白峯寺 頓証寺殿(香川県坂出市)

しろみねじ とんしょうじでん白峯寺(四国八十八ヶ所霊場)境内にある、崇徳上皇の廟所(陵墓)守護神として白峯権現相模坊(天狗)も祀られている拝殿奥に上皇を祀る上皇殿、相模坊を祀る権現堂、十一面観音菩薩を祀る本地堂の3つの堂宇が並んで配置される...