奈良宇陀

吉備塚(奈良県奈良市)

きびづか吉備真備の墓とされる塚で、触れると祟りがあると謂われた明治時代以降も、この地に陸軍連隊駐屯地が設営された時も触れずに残された(禁忌)『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川書店)p.18日本伝承大鑑:奈良県奈良市 高畑町(奈良教育大学構...
奈良宇陀

興福寺 額塚(奈良県奈良市)

こうふくじ がくづか興福寺の南大門前に大きな穴が開いて水が溢れたため、占いで原因を見立てた(あるいは高僧が夢告を受けた)南大門に掛かっている“月輪山”の山号の扁額が出水の原因とされ、興福寺境内にその額を埋めた額を埋めた塚は茶臼山とも呼ばれ、...
熊谷深谷

陽雲寺 畑児塚(埼玉県上里町)

よううんじ はたこづか?新田四天王・畑時能(南北朝の武将)は暦応4年/興国2年(1341年)に越前で討死したが、従者の児玉光信が首級を持ち帰った光信が亡くなると時能の墓に一緒に葬られ、墓所は両者の名を採って畑児塚と呼ばれた『日本の伝説18 ...
川越所沢飯能

平林寺 野火止塚(埼玉県新座市)

へいりんじ のびどめづか長勝長者の許に滞在していた在原業平は、長者の娘の青前姫(姫君)と相思相愛の仲となった長者が仲を認めないため二人は館から逃げたが、追っ手は火をつけて炙り出そうとした身の危険を感じた姫が和歌を歌うと火は途中で消えるも、居...
川越所沢飯能

白旗塚(埼玉県所沢市)

しろはたづか元弘3年(1333年)、新田義貞が小手指ヶ原で鎌倉幕府軍と戦った(南北朝の戦い)際に、白旗を掲げた塚『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.65日本伝承大鑑:埼玉県所沢市 北野
川越所沢飯能

将軍塚(埼玉県所沢市)

しょうぐんづか元弘3年(1333年)、新田義貞が小手指ヶ原から分倍河原の戦い(南北朝の戦い)で幕府軍を破った後、一時滞留していた八国山のこの地に塚を築いて白旗を掲げた現在は八国山緑地内に石碑が残る『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p...
行田春日部

満蔵寺 梅若塚(埼玉県春日部市)

まんぞうじ うめわかづか吉田少将惟房の一子・梅若丸は比叡山で稚児を務めていたが、山を下りた際に人攫いに遭った(子女受難)人買いに売り飛ばされ東国へ連れて行かれる途中で重病となり、隅田川に打ち棄てられ亡くなった我が子を捜し求めた生母は偶然塚の...
さいたま川口

一本杉塚(埼玉県蕨市)

いっぽんすぎづか別名・金子塚、あるいは兜塚とも呼ばれる蕨城主・渋川氏(戦国武将)が滅びた際に討死した将兵の兜などを埋めた塚とされる(落城伝説)目印として塚の上に杉の木が植えられていたこの塚から和楽備神社(旧蕨城跡)に白馬で駆けてゆく武将の夢...
沼田草津

村主八幡神社 若宮塚(群馬県みなかみ町)

すぐろはちまんじんじゃ わかみやづかこの土地の長者の娘・如意姫は和歌に優れ、京に召されて後花園天皇の寵愛を受けた(玉の輿)妬みにあって故郷に戻った如意姫は天皇の皇子(皇族)を生んだが、2歳で亡くなったため塚を築いた『日本の伝説27 上州の伝...
前橋伊勢崎

頼光塚(群馬県伊勢崎市)

らいこうづか夜な夜なこのあたりに騎馬武者(怪人)が現れて、人々を驚かせた松島利太夫(武人)が騎馬武者を一刀両断にしたが、翌朝確かめると塚の上にある石が切断されていた(変化する石:切断した石)『日本の伝説27 上州の伝説』(角川書店)p.51...