奥能登

大蔵神社 一夜塚(石川県輪島市)

おおくらじんじゃ いちやづか老婆が浜辺(浜海岸)で金色に光る御札を見つけたが、その後祟りが起こった(祟る物)一夜にして出来た丘とされる一夜塚(一夜作り伝説)の上に社を建て、御札を祀った『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.14...
加賀

実盛塚(石川県加賀市)

さねもりづか篠原の合戦(源平の戦い)で斎藤実盛が討死した場所に造られた塚遊行上人の太空(名僧)が十念を授けた老人が実盛の幽霊であるとの噂が流れ、太空が塚を訪れ回向した『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.68日本伝書大鑑:石川...
金沢

須々幾神社(石川県金沢市)

すすきじんじゃ鈴木三郎重家(源平の武将)の5世・新九郎は鱸(魚類)を釣り上げたが、鱸が化身して妻となり子を成した(異類婚姻譚)数年後、1匹の鱸を残して妻は龍宮に戻り、新九郎はこれを塚に埋めた新九郎は死後同じ塚に葬られたが、そこからすすきが生...
安芸

音戸の瀬戸/清盛塚(広島県呉市)

おんどのせと/きよもりづか平清盛が開削したとされる海峡人柱の代わりに一字一石の経石を海中に埋め、その上に石塔を建てて塚とした(清盛塚)日没近くになっても開削工事は終わらないため、清盛が扇で太陽を呼び戻した(日招き伝説)この行為が、清盛が熱病...
備北芸北

吉川興経の首塚(広島県北広島町)

きっかわおきつねのくびづか常仙寺跡に残る首塚吉川興経(戦国武将)は幽閉先で暗殺されたが、その首を愛犬がこの地までくわえて持ってきた首塚のそばには、この場で死んだ犬を供養するための犬塚もある犬が息絶えた時に興経の首級が転がり落ちたため、首塚よ...
東三河

七人塚(愛知県新城市)

しちにんづか長篠の戦いで敗れた武田方の落人7名がこの地まで逃げて来たが、これ以上逃げ切れないと悟り自刃した(あるいは村人によって殺害されたとも)塚には7本の刀(刀剣)と7つの土器が埋められているとされる現在は民家の庭先に小祠がある『日本の伝...
東三河

▲やすら姫の塚(愛知県新城市)

やすらひめのつか長篠の戦いの時に敗れた武田方の武将の姫を祀る塚とされる毎夕近隣の家に杵と篩(農具)を借りる娘があり、夜ごと杵の音もするため、後を付けてみると塚の前で姿を消した塚を掘ると赤い甕が見つかり、中には人骨が詰まっていたが、蓋を開ける...
西三河

南朝若宮社(愛知県岡崎市)

なんちょうわかみやしゃ別名は根の若宮社尹良親王が浪合で敗死した後、その一子の良王親王(崎之宮)は乳母らと共に逃げおおせた(後南朝)この地まで来た時に親王は発病し、看病の甲斐なく亡くなり、乳母も悲しみのあまり死んだ境内には親王および乳母を葬っ...
海部知多

今川塚(愛知県東海市)

いまがわづか通称「今川さん」桶狭間の戦いで討死した今川義元の遺体を家臣がここまで運び、寺に葬った(寺は現存せず)塚には供養塔と“今川義基墳”と刻まれた石碑があるが、“義元”であることを隠すための“誤字”とされる家臣達はその後もこの地に留まり...
東三河

左兵衛塚/神明社(愛知県設楽町)

さひょうえづか/しんめいしゃ土地の豪族であった後藤高春が伊勢国の二見浦でいただいた石(霊石)が、神明社の御神体であったある時、明石左兵衛という浪人が捕り方に追われ(罪人)、この神明社の社殿に逃げ込んだ左兵衛にに気付いた庄屋が鉄砲(鉄砲火薬)...