広島廿日市

津久根島(広島県広島市佐伯区)

つくねじま財を成した湯蓋道空(長者)には息子があったが、天邪鬼な性格のためいつも親の意見と反対のことばかりしていた道空が死ぬ直前、息子が反対のことをすると予想して、墓所に孤島を指定した息子はこの時だけ親の遺言に従って、津久根島という孤島に墓...
東三河

仏島(愛知県蒲郡市)

ほとけじま満潮時には波間に隠れてしまう、周囲を岩礁で囲まれた無人島石塔を運んでいた船が島の近くで突然沈み、船乗りの兄弟が島に向かって泳ぎだした島を見ると、何体かの白衣の亡者(幽霊)が手招きしており、怖くなった兄弟はからがら浜へ逃げ泳いだ後日...
海部知多

帝井(愛知県南知多町)

みかどい延元3年(1338年)に後醍醐天皇の皇子・義良親王が東北へ向かう途中、嵐で篠島に漂着した。その時、島民が親王のために真水の出る井戸を掘ったもの親王は半年後吉野に戻り、翌年即位して天皇となったため、“帝井”の名が付けられた(地名の由来...
安房

仁右衛門島(千葉県鴨川市)

にえもんじま周囲約4kmの、代々平野仁右衛門が所有し居住する島安房にあった源頼朝が長狭六郎の襲撃を受け、一時的にこの島の洞穴に逃げ込んで難を逃れたこの時に頼朝から、島の所有者の仁右衛門に“平野”の姓と、周囲の漁業権が与えられた(姓名の由来)...
安房

増間島(千葉県南房総市)

ますまじま大房岬にある小島約10km程内陸にある増間村から大水の時に川を下って流れていった中洲とされる(地形の由来)毎年正月には、増間村の人が島を訪れて注連縄を張っていた増間村は平家の落人(または大坂の陣の落人)が開いた村とされ、半島上陸の...
安房

浮島(千葉県鋸南町)

うきしまデーデッポ(巨人)が安房国に移動した折、咳払いをして口から飛び出したのがこの島であるとされる(地形の由来)日本武尊の死後、父の景行天皇が東征と同じ経路で房総へ渡り、浮島に到着したこの島で、同行していた磐鹿六鴈(いわかむつかり:廷臣)...
臼杵佐伯

神の井(大分県佐伯市)

かみのい神武天皇が東征(神武東征)の折、途中の大入島で水を求めて上陸したしかし水がなかったため、弓で地面を突いて井戸を造った島の人々は、神武天皇上陸の地を日向泊と呼ぶようになった(地名の由来)『日本の伝説49 大分の伝説』(角川書店)p.7...
臼杵佐伯

津久見島の大蛇(大分県臼杵市)

つくみしまのだいじゃ臼杵一の美人と言われた家老の娘が病にかかり(憑依)、夜ごと若い男が現れることを白状した家老は、臼杵湾に浮かぶ津久見島から城へ渡ってくる光る怪物の仕業と推測し、娘に護衛をつけた護衛の若侍は金縛りに遭うも、怪しい男を見つけて...
臼杵佐伯

黒島(大分県臼杵市)

くろしま海岸から約300mほど離れた臼杵湾内にある、周囲3kmの島1600年にオランダ船のリーフデ号が漂着し、ウイリアム=アダムス(西洋人:幕臣)やヤン=ヨーステンが上陸した(歴史的事件)現在資料館と記念公園がある『日本の伝説49 大分の伝...
東讃

京の上臈島(香川県直島町)

きょうのじょうろうじまある船乗りが、今日で身請けした上臈(遊女)を船に乗せて帰国した船乗りは心変わりして、上臈を島に置き去りにして出航してしまった残された上臈は島で死に、それ以降、船が近づくことができなくなってしまった(呪い:悲恋伝説)崇徳...