幽霊

武雄多久

西ノ原大明神(佐賀県多久市)

にしのはるだいみょうじん佐賀藩多久7代邑主・多久茂堯(大名一門)の娘・林姫(姫君)を祀る神社明和3年(1766年)、父・茂堯が江戸詰で留守の際、家臣の相浦善右衛門と密通に及び、林姫は懐妊してしまう(醜聞)報告を受けた父は、姫に自害、善右衛門...
武雄多久

常在寺 平敦盛供養塔(佐賀県嬉野市)

じょうざいじ たいらのあつもりくようとう7世住職の成紹法印(名僧)が京へ上る途中、摂津国一の谷の古戦場を通りがかると、死屍累々の状態であったため供養の読経をした寺に帰ると、一の谷の戦いで討死した平敦盛(平氏)の幽霊が現れ、修羅道の苦しみを訴...
武雄多久

福泉禅寺 幽霊の掛け軸(佐賀県白石町)

ふくせんぜんじ ゆうれいのかけじく江戸時代、福泉禅寺住職が静岡の宿に泊まった時に幽霊の掛け軸を見かけ、その縁起を宿の主人に尋ねた幽霊の正体は先妻で、2人の男児を残して急死したため後妻をもらったが、子が後妻に懐かずぐれてしまったぐれた子の前に...
武雄多久

岩蔵寺 曾我殿の腰掛石(佐賀県小城市)

がんぞうじ そがどののこしかけいし延暦22年(803年)に勅命により創建、建久3年(1192年)に栄西(名僧)によって再興された寺でおこなわれた如法教(写経納経)会に虎御前や鬼王団三郎が参加して、曾我兄弟の菩提を弔ったこの法要の時、曾我兄弟...
嶺北仁淀川

耳なし地蔵(高知県越知町)

みみなしじぞう寛永(1624~1645)の頃、横倉寺の英仙は琵琶法師の城了を寺に留め置いた城了が夜中に寺を抜け出してどこかへ行くのを咎めると、鞠ヶ奈路へ琵琶を弾きに呼び出されると答えた安徳天皇と平氏の幽霊の仕業と察した英仙は、城了の身体に香...
室戸安芸

由里の墓(高知県北川村)

ゆりのはか野川街道・岩佐番所の娘の木下由里は、佐喜浜の庄屋に嫁ぎ男児を生んだが、病のため実家に戻された実家で病死した由里は夜な夜な街道を下って佐喜浜まで行き、乳飲み子を育てた(親子の情愛)幽霊の由里は、庄屋宅に貼られた御札のため入れず、通り...
奈良宇陀

鍋倉渓(奈良県山添村)

なべくらけい神野山の天狗と伊賀青葉山の天狗が喧嘩をして、青葉山の天狗が大量の石を神野山に投げ込んだ(投げ石)神野山の天狗がそれを放置したところ、巨石だらけの渓谷(渓谷峡谷)が出来てしまった正直者が石の下の谷を覗くと、死んだ親(幽霊)の顔が見...
奈良宇陀

若草山(奈良県奈良市)

わかくさやま山頂にある鶯塚古墳には幽霊(牛鬼)が出現したため、村人が山を焼いてそれを防いだこれが若草山の山焼きの行事となった東大寺と興福寺が山の領有を争ったが(訴訟)、宝暦10年(1760年)に奈良奉行所の調停で緩衝地帯として山焼きが始まっ...
西毛

佐野橋(群馬県高崎市)

さのばし朝日長者の娘・お並と夕日長者の息子・小治郎が恋仲となって、佐野の舟橋で逢瀬を重ねた両長者は仲が悪いため、2人が逢うことを禁じたが、お並が夜の舟橋へ行って誤って川に落ちて死んだ(悲恋伝説)その光景を見た小治郎も川に飛び込んで死に、その...
中毛

雙林寺 忠度桜(群馬県渋川市)

そうりんじ ただのりざくら雙林寺七不思議の1つ開山の月江禅師の夢枕に平忠度(平氏)の幽霊が現れ、和歌の続きを詠んで欲しいと頼んだそれに満足した忠度が枝の鞭を境内に挿し、それが桜の木に成長した『日本の伝説27 上州の伝説』(角川書店)p.91...