慣習の由来

武雄多久小城

水堂さん(佐賀県白石町)

みずどうさん正式名称は水堂安福寺天平時代、ある猟師が白鹿に矢を放ったところ鹿が金色に輝き、後を追うと矢の刺さった観音石像を見つけた猟師はその場で出家して観音を祀ったが、その矢の痕から霊水が湧き出てきた(湧水:創建伝説)水は例年旧暦の4月15...
佐賀鳥栖

仁比山神社(佐賀県神埼市)

にいやまじんじゃ承和11年(843年)仁明天皇の勅命で日吉大社の分霊を祀ったことから、“仁”と“比(叡)山”を組み合わせて神社の名とした(名称の由来)日吉大社分霊を合祀したことから、「山王さん」が通称となった山王さんが母神に「3年に一度会い...
土佐大豊佐川

白山神社(高知県仁淀川町)

はくさんじんじゃかつてこの集落には7戸の家しかなく、神事には山爺と山姥が手伝いに来ていたある年山爺と山姥が来ないため、集落の者は覚えていた祭祀の方法で神事をおこなった遅れてきた山爺と山姥はその様子を見ると黙って山に戻り、二度と集落に来ること...
奈良宇陀

唐招提寺 うちわまき(奈良県奈良市)

とうしょうだいじ うちわまき中興の祖である覚盛和上(名僧)が夏に法要をしていると、何匹もの蚊が和上を刺した弟子が払おうとすると、「蚊に血を与えるのも菩薩行である」として止めた法華寺の尼僧がその徳を偲び、団扇を作って法要に供える慣習の由来とな...
奈良宇陀

榎本神社(奈良県奈良市)

えのもとじんじゃ春日大社楼門の回廊部分にある摂社で、春日明神が来る前からの土地神(その他の神々)耳が悪く、「山を3尺借りたい」と言われて承諾し、山全体を深さ3尺まで取られた(神仏の失態)春日大社参拝の折には最初に榎本社を参拝し、耳が遠い神に...
奈良宇陀

興福寺 額塚(奈良県奈良市)

こうふくじ がくづか興福寺の南大門前に大きな穴が開いて水が溢れたため、占いで原因を見立てた(あるいは高僧が夢告を受けた)南大門に掛かっている“月輪山”の山号の扁額が出水の原因とされ、興福寺境内にその額を埋めた額を埋めた塚は茶臼山とも呼ばれ、...
奈良宇陀

采女神社(奈良県奈良市)

うねめじんじゃ文武天皇の寵愛が衰えたことを嘆いた采女が猿沢の池に入水した(悲恋伝説)天皇が慰霊のために祠を建てたが、池を見るのが忍びないと一夜で祠が池に背を向け、今なお後ろを向く(創建伝説:慣習の由来)『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川書...
桐生太田館林

石原賀茂神社(群馬県太田市)

いしはらかもじんじゃ日光例幣使(廷臣)がこの神社で道中安全祈願をしていると、野犬が激しく吠えだした犬の首を刎ねたところ、鳥居の上にいた大蛇に噛みついて例幣使は難を逃れた(忠犬伝説)これよりこの神社では鳥居を建てないこととなった(慣習の由来)...
浜田益田

大島・女島(島根県江津市)

おおしま・めじま?安芸の宮島の神が、“大島”という名の島があると聞いて訪ねてきたが、小島だったため落胆したその後、いつしか大島の隣に島ができて、女島と呼ばれるようになった大島に祀られている神は宮島の神の姉にあたるため(宗像三女神)、祭礼を1...
指宿枕崎日置

大山祇神社(鹿児島県南さつま市大浦町)

おおやまづみじんじゃ祭礼の時に巨大な草鞋(履物)を作って奉納する慣わしがある(慣習の由来)平家の落人がこれを作り、巨人が棲んでいると思わせて源氏の追っ手を追い払ったとされる大正2年(1913年)に野間神社に合祀されたが、現在も平家の落人の子...