戦乱

唐津伊万里

伊萬里神社 岩栗神社(佐賀県伊万里市)

いまりじんじゃ いわくりじんじゃ香橘神社・戸渡島神社と合祀し、昭和37年(1962年)に伊萬里神社となった藤原広嗣の乱(戦乱)に際し、副将として派遣された紀飯麻呂(公家)が、戦勝祈願のため始祖である彦太忍信命を栗の木の下に祀った(創建伝説)...
佐賀鳥栖

修学院 身代わり地蔵(佐賀県吉野ヶ里町)

しゅがくいん みがわりじぞう大きな戦乱があった時、寺から一人の小僧が使いに出たところ、敵軍と遭遇した敵は小僧一人相手に苦戦を強いられたが、小僧は眉間に矢を受けて姿をくらました後に敵が寺に入り確かめると、寺には該当する小僧はいなかった寺の地蔵...
鹿児島霧島

隼人塚(鹿児島県霧島市)

はやとづか五重石塔3基と四天王石像4体からなる塚養老4年(720年)大和政権に反乱(戦乱)を起こした隼人族(隼人熊襲)の慰霊のために造られた塚とされる『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.51鹿児島県霧島市 隼人町見次
鹿児島霧島

髢滝(鹿児島県姶良市)

かもじたき島津義弘(戦国大名)の継室・隈姫は、婚家と実家の戦乱のために離縁された後、化粧料地に入り、そこで自害した(子女受難)滝に飛び込んで自害したが、髪が解けて藤蔓に掛かったことから“かもじ滝”と呼ばれる(地名の由来)『日本の伝説11 鹿...
鹿児島霧島

涙橋(鹿児島県鹿児島市)

なみだばし刑場へ引き出される囚人を家族が見送った橋ここから先へ同道することが出来ず、家族が涙を流したことから名付けられた(地名の由来)西南戦争(戦乱)の激戦地で、“涙橋血戦の碑”(供養塔)が建つ『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p...
鹿屋垂水曽於

宝満寺 形代仁王像(鹿児島県志布志市)

ほうまんじ かたしろにおうぞう応永8年(1401年)島津家の一族間での戦い(戦乱)で、19歳と16歳で討死した偉丈夫の隅田原兄弟を偲んで、形代として建立された仁王像『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.25鹿児島県志布志市 志布志...
甲州笛吹

板額塚(山梨県笛吹市)

はんがくづか建仁元年(1201年)に越後で乱を起こした城資盛の叔母で、弓の名手とされた板額御前(女傑)は、戦乱の中で生け捕りとなったその後甲斐の浅利与一(源平の武将)が妻として迎え、子をなした後にこの地で没したとされる(墓所)『日本の伝説1...
八尾河内長野

龍ノ口霊泉(大阪府東大阪市)

たつのくちれいせん神武東征の折、孔舎衙の戦い(戦乱)で矢を受けて傷ついた五瀬命が傷を洗った湧水善根寺春日神社の王代津祭り(祭礼)のために造られる酒の原料として、この水が使われる『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.92大阪府東大阪市 ...
八尾河内長野

善根寺春日神社(大阪府東大阪市)

ぜんこんじかすがじんじゃ境内には、神武東征で大和入りをして最初に戦った(戦乱)孔舎衙(くさか)の古戦場碑(石碑)がある神社の前の坂が孔舎衙坂であると比定される神社の祭礼として、東征の折に神武天皇が村人に酒を振る舞われた故事にちなみ、酒を醸造...
八尾河内長野

樟本神社(大阪府八尾市)

くすもとじんじゃ樟本神社は元来物部氏が領していたとされる木本村に三座あり、現在も3つとも残されている南木の本にある樟本神社付近で、物部守屋が稲城を築き、蘇我の軍勢を撃退したとされる(戦乱)北木の本にある樟本神社境内には、物部守屋の首級を洗っ...