戦国武将

広島廿日市

才蔵寺 みそ地蔵(広島県広島市東区)

さいぞうじ みそじぞう福島正則(大名)の家臣であった可児才蔵(戦国武将)を祀る寺院境内にあるみそ地蔵は、頭に味噌袋(食品食材)を置いて頭が良くなることを祈願する(学業成就)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.58日本伝承大鑑:広島...
備北芸北

ちきり淵(広島県安芸高田市)

ちきりぶち佐々部若狭守(戦国武将)の牛首城落城の折、妻の玉手姫は“ちきり”を手にして、城裏手の川の淵に飛び込み自害した(落城伝説)淵から音がするので若者が潜ると、下半身が蛇体の姫が機織をしており、見た若者は発狂した『日本の伝説21 広島の伝...
広島廿日市

吉川千法師と乳母の墓(広島県広島市安佐北区)

きっかわせんほうしとうばのはか吉川興経(戦国武将)が暗殺された時、一緒にいた子の千法師は乳母と共に近くの山で殺された(子女受難)千法師と乳母が殺された場所に墓が建つ(墓所)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.41広島県広島市安佐北...
広島廿日市

豊島兄弟の墓(広島県広島市安佐北区)

てしまきょうだいのはか通称・五人墓吉川興経(戦国武将)が暗殺された時に最後まで敵と奮戦し、討ち果たされた豊島氏(手島氏とも)の5人兄弟(武人)の供養墓(墓所)明治18年(1885年)に子孫が点在する墓を一ヶ所に集めて祀った『日本の伝説21 ...
広島廿日市

吉川興経の胴塚(広島県広島市安佐北区)

きっかわおきつねのどうづか毛利元就によって強制的に隠居させられた吉川興経(戦国武将)は、隠居所で暗殺された隠居所の屋敷跡(吉川興経居館)に遺骨を納めた興経の墓(胴塚)がある『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.41広島県広島市安佐北...
備北芸北

吉川興経の首塚(広島県北広島町)

きっかわおきつねのくびづか常仙寺跡に残る首塚吉川興経(戦国武将)は幽閉先で暗殺されたが、その首を愛犬がこの地までくわえて持ってきた首塚のそばには、この場で死んだ犬を供養するための犬塚もある犬が息絶えた時に興経の首級が転がり落ちたため、首塚よ...
広島廿日市

坪井将監の力石(広島県広島市佐伯区)

つぼいしょうげんのちからいし重さ240kgの大石毛利氏の武将であった坪井将監元政(戦国武将)は、極楽寺の参道にあった巨石を屋敷に持ち帰り、これを使って鍛練した(力石:怪力伝説)(将監は元の名を新里宮内少輔といい、厳島の戦いで宮尾城に入り、陶...
広島廿日市

今伊勢神社(広島県廿日市市)

いまいせじんじゃ伊勢神宮から勧請され、分社された神社で、現在は厳島神社(一之宮)の境外末社厳島合戦(戦国の戦い)のあった要害山にある神社合戦で討ち取られた陶晴賢(戦国武将)を祀っていると言われる『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p....
東三河

奥平仙千代の墓(愛知県新城市)

おくだいらせんちよのはか長篠城主の奥平信昌(戦国武将)の弟・仙千代は武田への降伏の人質となった長篠の戦いの時に、信昌が徳川へ寝返ったため処刑された(子女受難)刑場となった場所(墓所)では、草一本でも折ると発病や発狂するとされた(祟り)『日本...
東三河

女郎淵(愛知県設楽町)

じょろうぶち長篠の戦いで敗走した望月右近太夫(戦国武将)の奥方は、夫の消息を尋ねて三河へ赴いたその途中で奥方は殺され、その遺骸はこの淵に投げ棄てられた(子女受難)片腕だけはさらに下流に流れていったとされる『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書...