戦国武将

臼杵佐伯

馬の首(大分県臼杵市)

うまのくび“切通し”と呼ばれる道路で、夜中に現れる白馬の化け物大友家の片山友之進(戦国武将)は戸次川の戦い(戦国の戦い)で敗れ、遺書を愛馬の初雪に託して自害した遺書を携えて臼杵の屋敷を戻った初雪は、夫人から主人を置いて逃げてきたと勘違いされ...
大分別府

長宗我部信親の墓(大分県大分市)

ちょうそかべのぶちかのはか長宗我部元親の嫡男・信親(戦国武将)の墓所戸次川の戦い(戦国の戦い)で島津軍に敗れた長宗我部信親がこの地で討ち死にした同敷地内には信親の鎧を埋めた鎧塚もある『日本の伝説49 大分の伝説』(角川書店)p.43大分県大...
西讃

矢倉石(香川県三豊市)

やぐらいし粟島の北東部にある岩礁粟島の城主であった矢倉弾正(戦国武将)は、長宗我部軍に敗れ海上に逃げた(落城伝説)逃げ切れないと悟った弾正が、海上にある岩の上で自害したのでその名がついた(地名の由来)『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店)...
西讃

首切峠(香川県まんのう町)

くびきりとうげ造田備中守(戦国武将)が長宗我部軍に敗れ、多くの将兵がこの地で斬首された(刑場)とされる峠(地名の由来)旧道には、弘化2年(1845年)建立の“首切地蔵”と呼ばれる地蔵が立つ『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店)p.81香川...
西讃

天霧城跡(香川県善通寺市/三豊市)

あまぎりじょうあと香川氏(戦国武将)の居城長宗我部元親に攻められた時、水が豊富にあるように見せるため、白米で馬を洗って相手を騙そうとした(白米城伝説)通りがかりの尼僧が白米の秘密をばらしたため落城した(落城伝説)尼は後に香川氏残党によって斬...
西讃

朝比奈池跡(香川県善通寺市)

あさひないけあと香川氏の家臣であった朝比奈弥太郎(戦国武将)は、長宗我部との戦いで討死した弥太郎が死んだ場所はため池となったが、落ちて死ぬ者が多かったため、祟りとされた現在、朝比奈弥太郎碑(石碑)が立つ『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店...
西讃

鷺の井(香川県善通寺市)

さぎのい片羽が傷ついた1羽の青鷺が三日三晩羽を休めていた場所から湧き出てきたことから見つかった湧水(あるいは三日三晩雨が降った後に湧き出したとも)香川信景(戦国武将)の子・頼景がこの水を使って目を治したことから、眼病に効くとされた現在は埋ま...
東讃

森権平の墓(香川県東かがわ市)

もりごんべいのはか仙石久秀の家臣であった森権平(戦国武将)は、天正12年(1584年)長宗我部との引田の戦い(戦国の戦い)において18歳で討死した(墓所)向かい側には“森権平庵”があり、足腰の神(手足の平癒)として祀られている(信仰の墓碑)...
東讃

生駒神社(香川県さぬき市)

いこまじんじゃ通称「甚助さん」引田城主であった生駒甚助(戦国武将)は、大坂夏の陣で敗れて讃岐のこの地に逃れたが、追っ手に討たれた討たれた場所に神社が建てられ、その森(叢林)に馬に乗って入ると祟りがあるとされた『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角...
高松坂出

菅沢熊野神社 耳塚(香川県高松市)

すがさわくまのじんじゃ みみづか菅沢熊野神社境内にある菅沢内膳義景(戦国武将)は、十河存保らと共に戸次川の戦い(戦国の戦い)に参加して討死した長子の義長は義景の耳を切り取って持ち帰り、境内に耳塚を建てた『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店...