教訓譚

武雄多久小城

福泉禅寺 幽霊の掛け軸(佐賀県白石町)

ふくせんぜんじ ゆうれいのかけじく江戸時代、福泉禅寺住職が静岡の宿に泊まった時に幽霊の掛け軸を見かけ、その縁起を宿の主人に尋ねた幽霊の正体は先妻で、2人の男児を残して急死したため後妻をもらったが、子が後妻に懐かずぐれてしまったぐれた子の前に...
奈良宇陀

八王子神社(奈良県山添村)

はちおうじじんじゃ夕方になると長い石段にシングリマクリという化け物が出現する悪さをする子供を捕まえて竹の魚籠(シングリ)に閉じ込めて階段から転がすとされた(教訓譚:罰を与える)『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川書店)p.75奈良県山添村 ...
松江出雲

人情調べ石(島根県雲南市)

にんじょうしらべいし集落で毎夜のように作物が盗まれた(悪事)ため、懲らしめのために石を置くことにした盗みをする者に人の心があるかどうかを調べる意味で「人情調」の文字を刻んで置いた(字彫りの石)この石を置いて以降、集落での盗みはなくなった(教...
高槻茨木池田

雉子畷碑(大阪府吹田市)

きじなわてひ長柄橋の人柱となった巌氏(長柄の人柱碑)の娘は、河内禁野の長者の嫁となったが、ひと言も言葉を発しないそのため離縁となったが、送られる途中で雉が撃たれるのを見て、和歌を一首詠んだ「ものいわじ 父は長柄の 橋柱 雉も鳴かずば 射られ...
輪島珠洲

霊高寺(石川県輪島市)

れいこうじ文化4年(1807年)、木樵(杣人)の長太は雄の大狢と格闘して仕留めたが、数年後に雌狢が夫の仇を取ろうと若い娘に化けて近づいた長太は観音の加護で難を逃れ、雌狢は霊高寺で亡夫の供養を請うて去った(夫婦の情愛)住職が京都にあった時に、...
三次庄原

百万一心の碑(広島県安芸高田市)

ひゃくまんいっしんのひ毛利元就が、吉田郡山城の築城工事の際に、人柱の代わりに埋めた石碑「一人一人が力を合わせて、心を一つにして事にあたる」ことを意味する(教訓譚)文化13年(1816年)に長州藩士が発見したとされるが、拓本のみで実物は未見と...
岡崎豊田刈谷

鶏石(愛知県豊田市)

にわとりいし村の開拓者が朝早く耕作していると鶏の鳴き声が聞こえたので行ってみると、巨石から鳴き声が聞こえた(喋る石)村の者も鳴き声が聞きたいと朝早くから外に出て働くようになり、村はますます栄えた(教訓譚)ある者が汚れた下着(肌着)を石の上で...
館山南房総

大巌院(千葉県館山市)

だいがんいん慶長8年(1603年)霊巌上人(名僧)が開基した寺院上人の念仏往生の説法を聞き改心した盗賊の源兵衛は、7日間この寺に通い、念仏を唱えた後に切腹した(教訓譚)『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.101千葉県館山市 大網
千葉木更津

鬼泪山(千葉県富津市)

きなだやま日本武尊が鬼(阿久留王)を退治した時、鬼が涙を流して謝ったことから名付けられた(化け物退治:地名の由来)62歳になるとこの山に捨てられる慣習があった(姨捨伝説)父親を籠に乗せて山に捨て、天秤棒を持って帰ろうとする息子に「天秤棒を持...
臼杵佐伯

吉作落(大分県豊後大野市)

きっさくおとし傾山の山頂近くにある岩壁(断崖)の1つ吉作という茸採りが誤って岩壁に取り残され、最後は自ら飛び降りて命を絶った場所とされ、戒めを以て伝わる(教訓譚)『日本の伝説49 大分の伝説』(角川書店)p.58大分県豊後大野市 緒方町上畑