南信

大橋(長野県辰野町)

おおはし「信濃の人橋」と呼ばれる橋橋が何度も流出するために、人柱を橋脚の下に埋めて架け替えたとされる『日本の伝説3 信州の伝説』(角川書店)p.101長野県辰野町 平出
南信

承知橋(長野県下諏訪町)

しょうちばし武田信玄が川中島の戦いから戻る際、この橋まで来ると馬が動かなくなった戦勝祈願の約束を思い出し、下馬して「神のお告げ、承知仕った」と言って帰国したという(地名の由来)当時の橋石(一枚岩:巨石)が近くの道路脇の壁面に埋め込まれ保存さ...
中信

琵琶橋(長野県塩尻市)

びわばし橋のたもとで一人の法師が朝夕琵琶(楽器)を鳴らしていたが、ある時「この橋の上で一曲を得た」と言って去った後に敦実親王が当地を訪れ、この橋で蝉丸が秘曲・流泉(音曲)を作ったので、琵琶橋と名付けるよう申しつけた『日本の伝説3 信州の伝説...
北信

善光寺 駒返し橋(長野県長野市)

ぜんこうじ こまかえしばし善光寺参道入口にある石橋善光寺を参拝した源頼朝が下馬しなかったところ、この橋で馬が隙間に蹄が挟まって転倒し足を折ったため、怖れてここで下馬した善光寺七橋の1つ『日本の伝説3 信州の伝説』(角川書店)p.40長野県長...
東信

西行戻り橋(長野県上田市)

さいぎょうもどりばし別所温泉そばの“相染橋”の別称。西行が「子供らよワラビ(=童火)を取って手を焼くな」と言うと、子供は「これ坊主ヒノキ(=火の着)笠かぶって頭焼くな」と返した西行は返しの巧さに恐れをなして、橋を渡らずに帰った(頓智話)『日...
島尻

真玉橋(沖縄県豊見城市)

まだんばし石橋に架け替える工事の際、七色の元結い(装身具)をした子年生まれの女を人柱にせよとの神託があったそのような女が現れなかったため、神託した神女が人柱となったあるいは、人柱を決める方法として矢を飛ばして刺さった家の者とすると決めたが、...
山城

橋姫神社(京都府宇治市)

はしひめじんじゃ橋守の娘が、婚約者に「わかめが欲しい」とねだり、男が伊勢に赴くがそこで溺れ死ぬ娘は伊勢に男を捜しに行くと、男の霊が現れて歌を詠じたまた男の心変わりを恨んだ女が、貴船神社のお告げに従って宇治川で三七日間浸り、鬼女となって相手の...
洛外

小督塚(京都府京都市右京区)

こごうづか高倉天皇の寵愛を受けるようになったが(女官)、中宮の父である平清盛に睨まれて追放される天皇の命を受けた源仲国(廷臣)は、琴の調べ(音曲)を頼りについに小督の所在を見つける小督隠遁の地とされる場所にあり、謡曲の題材となっている源仲国...
洛中

一条戻橋(京都府京都市上京区)

いちじょうもどりばし渡辺綱が鬼女と遭遇し、その片腕を<鬼切丸(刀剣)>で斬り落とした浄蔵が父・三善清行の葬列にこの橋で出くわして、祈祷で甦らせた(橋の名の由来:元は土御門橋)安倍晴明が12体の鬼神をこの橋の下に隠したとされる(川底から石櫃が...
洛中

五条大橋(京都府京都市東山区)

ごじょうおおはし牛若丸(源義経)と弁慶が初めて遭遇し戦った橋現在の松原橋が、当時の五条大橋だった天正18年(1590年)豊臣秀吉が方広寺を造営する際、石柱の橋として造り直され、このときに現在地に移動させた『日本の伝説1 京都の伝説』(角川書...