武雄多久杵島山(佐賀県白石町) きしまやま常陸の筑波山、摂津の歌垣山と共に“日本三大歌垣”として知られる山歌垣は、春と秋に若い男女が集まって飲食しながら歌を詠み合う、求愛の行事歌垣公園には、『万葉集』の「あられふる 杵島が岳を 険しみと 草とりかねて 妹が手をとる」の和歌... 2026.01.19武雄多久
行田春日部春日部八幡神社 都鳥の碑(埼玉県春日部市) かすかべはちまんじんじゃ みやこどりのひ古隅田川の流れるこの地は、東国へ下った在原業平が“みやこどり”の和歌を詠んだ場所とされ、歌碑が建つ江戸時代後期の公家で歌人の千草源有功が歌碑を建てた『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.41埼... 2025.10.20行田春日部
奥能登辺津比咩神社(石川県穴水町) へつひめじんじゃ「穴水大宮」と呼ばれ、能登地方有数の名社とされる西行がこの地を詣で、その風景を賞した歌を詠んだ歌碑が残る『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.109石川県穴水町 大町 2025.06.20奥能登
加賀多太神社(石川県小松市) ただじんじゃ武烈天皇5年(502年)に後の継体天皇が創建したとされる古社木曽義仲が戦勝祈願のため、討死した斎藤実盛の鎧兜や直垂の切れなどを奉納した後年松尾芭蕉が来訪して詠んだ「むざんやな 甲の下の きりぎりす」の歌碑が残る『日本の伝説12 ... 2025.06.17加賀
東三河伊良湖神社 磯丸霊神祠(愛知県田原市) いらごじんじゃ いそまるれいしんほこら無学の漁夫だった糟谷磯丸(歌人)は30歳半ばで和歌を始め、数多くのまじない歌で有名となった死後、まじない歌の効験から神格化され祠が建てられ、現在は伊良湖神社境内に糟谷磯丸旧里の碑(歌碑)と共にある『日本... 2025.05.12東三河
中越愛宕神社 初君の歌碑(新潟県長岡市) あたごじんじゃ はつきみのかひ藤原為兼(公家)が佐渡へ流される時、この地で船待ちをしたその間のつれづれを慰めたのが遊女の初君であったが、船出の際に互いに和歌を読みあって別れた赦免された為兼は勅撰和歌集『玉葉和歌集』の編纂の際に初君の「もの思... 2025.04.03中越
日田竹田鏡坂(大分県日田市) かがみざか景行天皇が国見のためにこの地に至り、坂の上から日田の里の地形を見て「鏡面のようだ」と言ったことに由来する(地名の由来)鏡坂公園内に、事績を記した歌碑が建つ『日本の伝説49 大分の伝説』(角川書店)p115大分県日田市 上野 2025.03.18日田竹田
東讃琴弾地の浜(香川県直島町) ごたんじのはま讃岐へ配流となった崇徳上皇が立ち寄った直島(島)にある上皇が浜(浜海岸)で“忘れ貝”を拾っていると、琴(楽器)の音が聞こえてきた琴を弾いていたのは、上皇を追ってこの地に来た姫君であったとされる浜には崇徳上皇が読んだ「松山や松の... 2025.03.06東讃
西讃七仏寺 西行法師歌碑(香川県善通寺市) しちぶつじ さいぎょうほうしかひ七仏寺のそばにある歌碑ある農民から芋泥棒と疑われた西行が、自分が西行であることを証すために詠んだ和歌「月見よと 芋の子どもの 寝入りしを おこしに来たが 何か苦しき」が刻まれているこの和歌を聞いた農民は西行で... 2025.03.04西讃
村山誰袖碑(山形県村山市) たがそでひ都で笛の名手であった外記という者(廷臣)が、罪を得て陸奥へ流され、楯岡の地で亡くなった後を追ってきた女御(女官)は、彼の病死を知って「誰が袖と おもふばかりぞ たのもしや ぬしあらはれて 名こそはづかし」と和歌を詠み、形見の小袖(... 2025.02.17村山