武雄多久梶峯城跡(佐賀県多久市) かじみねじょうあと鎌倉時代以降、多久氏(武家)の居城であったことから、“多久城”とも呼ばれる主郭部分が南北に延びて雄城と雌城に分かれているが、その中央に直径5mあまりの穴(洞穴)があるこの穴は城の南方に抜ける地下道の入口とされ、そこから兵糧... 2026.01.29武雄多久
佐賀鳥栖龍造寺八幡宮 楠神社(佐賀県佐賀市) りゅうぞうじはちまんぐう くすのきじんじゃ文治3年(1187年)に龍造寺氏(武家)の祖が鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を勧請した代々の龍造寺氏、及び鍋島氏が崇敬した寛文3年(1663年)に藩士が楠木正成・楠木正行(南北朝の武将)父子の木像(貴人像)... 2026.01.05佐賀鳥栖
北薩戸田観音 ガラッパ像(鹿児島県薩摩川内市) とだかんのん がらっぱぞう長禄3年(1459年)、渋谷徳重(武家)の姫が舟遊びをしている最中、樋脇川(河川)に落ちて水死した河童の仕業と考えた徳重は、供養のために建立した観音像の足元に河童(ガラッパ)の像を置いて懲らしめたさらに川近くに「水... 2025.08.27北薩
和泉久米田寺(大阪府岸和田市) くめだでら久米田池を管理するために行基が建立したとされる(創建伝説)後に荒廃したが、安東蓮聖(武家)が、前世が橘諸兄であるので再興せよと託宣を藤代王子で受け、再建した(生まれ変わり:奇縁)『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.51大阪... 2025.07.08和泉
加賀若宮八幡宮(石川県白山市) わかみやはちまんぐう2つの日輪(太陽)が現れたためそれを射るよう、鎌倉将軍の命が富樫氏(武家)に出た家臣の山上新保介(武人)は鶴岡八幡宮に参籠して霊夢を得て、一方の日輪を射落とした夢告に従い、一夜で森(叢林)が出現した地(一夜作り伝説)に、... 2025.06.16加賀
加賀布市神社 力石(石川県野々市市) ぬのいちじんじゃ ちからいし富樫氏(武家)の屋敷跡に建つ神社にある弁慶が単身で富樫の館を訪れ、宴席で投げ飛ばした石とされる雨乞い(祈雨)に使われていたが、その後割れて、力石として使用されるようになった『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角... 2025.06.14加賀
金沢倉ヶ嶽大池(石川県金沢市) くらがたけおおいけ標高565mの山の山頂近くにある池長享2年(1488年)、富樫政親(武家)は一向一揆に囲まれたが、城を脱出して途中この池に馬ごと落ちて死んだとの説がある『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.21石川県金沢市 ... 2025.06.14金沢
金沢高尾城址(石川県金沢市) たこうじょうし一向一揆で滅びた富樫政親(武家)の居城で、長享2年(1488年)にこの地で富樫氏は滅亡した(落城伝説:歴史的事件)春と秋の晩に城跡から怪火(高尾の坊主火)が現れ、富樫館のあった場所まで飛んだ『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』... 2025.06.14金沢
広島廿日市楊柳観音堂(広島県広島市安佐南区) ようりゅうかんのんどう弘安6年(1283年)に武田信隆(武家)が甲斐国から安芸国へ赴任した時、地元に残してきた仏像近江国の絹川に来た時、馬の尾に何かが食いついているのに気付くと、それは残してきたはずの仏像だった現在は六角堂を模したお堂に安置... 2025.05.23広島廿日市
広島廿日市龍石(広島県広島市安佐南区) たついし安芸の武田義信(武家)は家臣の菩提を弔うための大寺院建立の土地を求めていたある時、2羽の鶴が巨石に舞い降りて来るのを見て、この地に寺院を建立した(創建伝説)龍石の名は、長さ8mの巨石の姿が龍に似ていることから付けられた(名石)『日本... 2025.05.23広島廿日市