武田信玄

峡北峡中

夢見山 夢見石(山梨県甲府市)

ゆめみやま ゆめみいし嫡男誕生の際、武田信虎(戦国大名)はこの山で宴を開いて昼寝をしていた生まれてくる子が曾我兄弟の弟・五郎であると夢で知らされたこと(夢告)から、夢見山の名が付いた(地名の由来)武田信玄が頂上にある石に腰掛けて(腰掛け石)...
峡北峡中

大泉寺(山梨県甲府市)

だいせんじ武田信虎(戦国大名)は嫡男誕生の直前に、曾我五郎(曾我兄弟)の生まれ変わりであると夢告された生まれてきた若君(後の武田信玄)は右手を固く握りしめて開けようとしなかった天桂和尚(名僧)は富士の裾野で曾我十郎の幽霊と会い、弟の転生聞き...
南信

承知橋(長野県下諏訪町)

しょうちばし武田信玄が川中島の戦いから戻る際、この橋まで来ると馬が動かなくなった戦勝祈願の約束を思い出し、下馬して「神のお告げ、承知仕った」と言って帰国したという(地名の由来)当時の橋石(一枚岩:巨石)が近くの道路脇の壁面に埋め込まれ保存さ...
南信

九つ塚跡(長野県富士見町)

ここのつづかあと天文11年(1542年)武田信玄と小笠原・諏訪・村上・木曽の連合軍との瀬沢合戦(戦国の戦い)があった将兵の遺体を9つの塚に分けて葬ったが(墓所)、流失や開削によって次第に消滅した最後の1基が伊勢湾台風の被害でなくなり、現在は...
中信

釜井庵の夜泣き石(長野県塩尻市)

かまいあんのよなきいし釜井庵(三村氏館跡と言われる)の敷地内にある夜泣き石主家を裏切って武田信玄に味方した三村一族(戦国武将)は、信玄によって甲府で謀殺(暗殺)された三村氏の滅亡後から、その怨みのために石が夜泣きするようになったいつも濡れて...
東信

逆さ柏(長野県南牧村)

さかさかしわ樹高10mほどの柏の木武田信玄が平賀源心を攻めた時、この地で休憩し、杖を逆さに突き刺して立ち去った柏の木の杖が根づいたが、枝葉は横に伸びて成長している現在はゴルフ場のコース内にある『日本の伝説3 信州の伝説』(角川書店)p.11...
東信

平賀源心胴塚(長野県南牧村)

ひらがげんしんどうづか天文5年(1536年)武田信玄の初陣(戦国の戦い)で討ち取られた戦国武将の胴塚巨体であったため、ここで首を切って首だけを持ち帰ったとされるまた信玄が源心に感じ入るところがあって、石地蔵を祀った場所ともされる塚に多くの石...