武雄多久鮒越堤(佐賀県鹿島市) ふなごえづつみ巨人の“みそ五郎どん”がこのあたりに棲んでおり、雲仙岳に腰を掛けて、有明海で顔を洗ったなどの伝説を残す周辺の山々はみそ五郎どんが土を掘って投げて出来たものとされ、その時に踏ん張って出来た足跡が鮒越堤(池)となったとされる(地形... 2026.01.24武雄多久
武雄多久晴気天山社(佐賀県小城市) はるけてんざんしゃ天山の麓の、3社ある下宮の一つかつて天山を七回りも巻くほどの大蛇が棲んでおり、夜な夜な晴気天山社境内の池の水を飲みに現れたこの池に龍の絵(絵画)を入れたところ、大蛇がそれを見て怒り、嵐となったその年は作物が不作となり(飢饉... 2026.01.18武雄多久
佐賀鳥栖万寿寺 竜王池(佐賀県佐賀市) まんじゅじ りゅうおういけ仁治元年(1240年)に神子栄尊和尚(名僧)がこの寺を開基してまもなく、落雷と共に2体の鬼の姿をした異形の者(異人:天人)が境内に落ちてきた和尚が捕らえて誰何すると、善護・慈済と名乗る龍王(龍神)の使いで、水火二振... 2026.01.03佐賀鳥栖
佐賀鳥栖為朝の池(佐賀県佐賀市) ためとものいけ高木八幡宮の南側門前にある小池源為朝がこの地に陣を張っていたところ、池に蛙が集まって騒々しいぐらい鳴いた怒った為朝が「やかましい」と一喝するとたちどころに鳴き止み、以後この池では一切声を出さなくなった(音止伝説)ことから名が付... 2026.01.03佐賀鳥栖
佐賀鳥栖蛤水道 ▲お万ヶ池(佐賀県吉野ヶ里町) はまぐりすいどう おまんがいけ肥前藩の成富兵庫茂安(藩士)が蛤水道(用水路)を通したため、筑紫側の村が水不足となった水を取る役目を引き受けたお万という女が山に入ったが、連れていた赤子が足手まといになるため滝に捨てた(稚児落としの滝:子女受難... 2025.12.25佐賀鳥栖
佐賀鳥栖背振山 龍ヶ池(佐賀県神埼市) せふりさん りゅうがいけ脊振山の山頂近くにある池池の底にある岩に「金」の文字が刻まれており(字彫りの石)、龍宮へ通じる門であるとされた役行者がこの中に入ったとも、また修法(宗教儀式)をおこなって弁財天を顕現させたとも旱魃の時に池の水をかき混... 2025.12.25佐賀鳥栖
佐賀鳥栖五万ヶ池(佐賀県上峰町) ごまがいけ源為朝が館を築いた鎮西山の中腹にある池源為朝がこの池あたりで敵兵5万騎を殺して血の池となった(地名の由来)殺された兵の恨みが集まり1匹の大蛇となって(怨霊)、人を襲うようになったとの噂が残る『日本の伝説38 佐賀の伝説』(角川書店... 2025.12.15佐賀鳥栖
佐賀鳥栖金の水(佐賀県鳥栖市) きんのみず老父の病気を治す薬草を探していた息子が、山中の池のほとりで疲れて眠ってしまった夢の中で金色に輝く観音菩薩が現れ、この池の水は薬草と同じ効能があると告げた(夢告:神仏霊験譚)目が覚めた息子は水を持ち帰り、老父はそれを飲んで回復、長寿... 2025.12.14佐賀鳥栖
佐賀鳥栖菅公姿見の池(佐賀県鳥栖市) かんこうすがたみのいけ大宰府に左遷された菅原道真に随行した三澄左将監時遠は、道真の第五子・長寿麿を養子とした道真は長寿麿に会いに時遠の隠居地へ赴き、池の水に映した自らの姿を描いた絵(絵画)を与えた姿見の池のそばには絵を描くために腰掛けた石(... 2025.12.14佐賀鳥栖
嶺北仁淀川住吉神社(高知県土佐町) すみよしじんじゃ近くに住む娘が毎夜のように家を抜け出して、翌朝着物や草鞋を濡らして帰ってくるようになった家の者が着物の裾に麻糸を通した針(裁縫道具)を刺しておいて、出て行く娘の後をつけていった娘は近くの池に入りそのまま戻ってこなかったため、... 2025.12.06嶺北仁淀川