河川

高槻茨木池田

くらわんか舟発祥の地(大阪府高槻市)

くらわんかぶねはっしょうのち大坂夏の陣(大坂の陣)で真田幸村に追われた徳川家康が、淀川(河川)で干鰯船の船頭(船乗り)に匿ってもらい難を逃れた恩賞として、淀川一帯で船で商売をする権利と、商売の際に乱暴な言葉を使ってもよいとのお墨付きを貰った...
大阪

願泉寺(大阪府大阪市浪速区)

がんせんじ開基は小野妹子(豪族)の八男・多嘉丸とされる四天王寺建立の材木運搬に当たって、たくさんの鼬が西から東へ移動する夢を見て、その道に沿って造られた用水路が後の鼬川(河川)となった(夢告:起源伝説)この功績によって聖徳太子より下賜された...
加賀小松

笠間神社 義仲弓堀の井(石川県白山市)

かさまじんじゃ よしなかゆみほりのい京へ向かって進行中、この地に滞留した木曽義仲が弓で地面を掘ったところ出てきた湧水この湧水を使って、村人からもらった煎り粉(食品食材)で空腹を満たしたまた洪水の手取川(河川)渡河のため祈願をすると、急に減水...
加賀小松

大日川(石川県白山市)

だいにちがわ一向一揆の居城であった鳥越城と二曲城は互いに法螺貝(楽器)で連絡し合っていた間を流れる大日川(河川)の音がうるさいため、城主が神に祈って音を止めた(音止伝説)この川で捕れる鮴(ゴリ:魚類)は串に刺しても口を開かない(動植物の俗信...
広島廿日市

蛇喰磐/水神釜(広島県大竹市)

じゃぐいいわ/すいじんかま小瀬川(河川)にある甌穴群この穴は三倉岳の大蛇がこの地へやって来て食った跡であるとされる甌穴は“水神釜”と言われ、夏でも水が涸れず、誤って水をかき混ぜると嵐になるとされ、雨乞いに使われた(祈雨)『日本の伝説21 広...
一宮小牧瀬戸

人柱観音(愛知県一宮市)

ひとばしらかんのん昭和31年(1956年)に完成した、小信川(河川)堰き止め工事の際に人柱となった与三兵衛を祀る工事の本陣であった信行寺で働いていた与三兵衛が自ら人柱を志願した(無理矢理生き埋めとなったとも)その後、埋められた場所から白い火...
一宮小牧瀬戸

春日寺(愛知県小牧市)

かすがじ叔父を訪ねて西行が訪れ、その間に自分の姿を像(貴人像)に彫った境内に像を安置した西行堂跡の石碑が残るそばに流れる河川を西行堂川、近くには西行堂橋がある(自衛隊小牧基地正門北:地名の由来)『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書店)p.1...
新潟村上

善照寺 鐘の道(新潟県阿賀野市)

ぜんしょうじ かねのみち善照寺の鐘が突然「福島潟へ行きたい」と言い出し、好きにせよと返すと、鐘楼から落ちて動き出した途中で鐘が休んでいると、洗濯していた娘がおしめ(肌着)を鐘の上にかぶせたが、鐘はそのまままた進み出した鐘は福島潟まで来ると、...
新潟村上

慈光寺(新潟県五泉市)

じこうじ白山に棲む夫婦の大蛇が暴れるため、傑堂能勝(名僧)が説教して改心させた(人外の悟り)大蛇がこの地を去る時に棲んでいた池を埋めて傑堂に寄進したのが、慈光寺の始まりとされる(創建伝説)大蛇が海へ向かって進んだ道が河川となり、1匹は白山神...
長岡魚沼

女﨟ヶ瀬(新潟県三条市)

じょろうがせ五十嵐川(河川)が信濃川に合流する地点の瀬三条左衛門(伝承の男性)と京都で懇ろとなった白拍子の白菊が、左衛門を追って三条まで来たしかし会うことが叶わず、白菊は悲観して川瀬に身を沈めて死んだその後、この瀬を通る船が立ち往生し、川底...