温泉

武雄多久小城

嬉野温泉(佐賀県嬉野市)

うれしのおんせん三韓征伐の帰途、神功皇后は佐世保あたりから上陸し、この地へ立ち寄った川中に湯が湧いており、鶴が脚を浸して傷を治しているのを見て、傷を負った兵士にも温泉に浸かるよう勧めた兵の傷が癒やされるのを見て皇后が「あな、うれしの」と言っ...
武雄多久小城

柏岳(佐賀県武雄市)

かしわだけ標高239mの山で、太政大臣藤原良房(藤原氏)の娘・柏姫(姫君)から名付けられた(地名の由来)柏姫は、姉の明子が産んだ惟仁親王(後の清和天皇)の皇位継承争い解決を祈願するため、九州の諸社を参詣したその途中で病を得た姫は武雄温泉で療...
武雄多久小城

東洋館 武蔵の井戸(佐賀県武雄市)

とうようかん むさしのいど宮本武蔵(剣豪)は武雄温泉の平戸屋(現・東洋館:店舗)という宿屋に一時期逗留し、その際使用した井戸が現存する逗留時に、父親を無礼討ちされた農民・静馬の仇討ちの志願を聞き届けて熊本へ連れて帰り、5年間剣の修行をさせて...
武雄多久小城

鷺田神社(佐賀県武雄市)

さぎたじんじゃ米守という役人(官吏)が、岩場の陰で1羽の白鷺が傷ついた脚を湯に浸して治しているのを見て温泉(白鷺の湯)を発見したこの鷺のいた叢林を“鷺の森”と呼び、そこに小祠を建てて鷺明神を勧請した(創建伝説)『日本の伝説38 佐賀の伝説』...
武雄多久小城

武雄温泉(佐賀県武雄市)

たけおおんせん三韓征伐の帰りにこの地に船を停泊させた神功皇后が、矛(武具)の柄で岩を突いたところ湯が湧き出たとされる温泉この故事から、この地は“塚崎”と呼ばれた(地名の由来)米守という役人(官吏)が、岩場の陰で1羽の白鷺が傷ついた脚を湯に浸...
佐賀鳥栖

古湯温泉(佐賀県佐賀市)

ふるゆおんせん金立山にあって“北の翁”を名乗っていた徐福が、湯の神に導かれて発見した温泉「湯を開いて人を救済せよ」とのお告げで、庵を建てて湯守りとなったが、その後寂れたその後僧侶らが開湯するなど何度か興廃を繰り返したが、元禄16年(1703...
吉野十津川

入之波温泉(奈良県川上村)

しおのはおんせん役行者が開いたとされる温泉で、元は“塩葉”と書かれ、薬湯として知られた昭和48年(1973年)ダム湖の底に沈んだが、ボーリングにより源泉を確保して復活した『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川書店)p.125奈良県川上村 入之...
高崎安中富岡

霧積温泉(群馬県安中市)

きりづみおんせん傷ついた犬が湯浴みをしているのを猟師が見て発見された温泉上の伝説から“犬の湯(入りの湯)”と呼ばれていたが、霧が多いため霧積温泉と名を変えた(地名の由来)明治以降避暑地として栄えたが、明治29年(1896年)、明治43年(1...
前橋伊勢崎

伊香保温泉(群馬県渋川市)

いかほおんせん行基によって開湯、あるいは垂仁天皇の御代(BC29~70)に発見されたとも伝わる温泉湯口が止まった時に2歳の子供を犠牲にしたため(人身御供)、2歳の子供を連れて来てはいけないとされた(禁忌)『日本の伝説27 上州の伝説』(角川...
沼田草津

白旗の湯(群馬県草津町)

しろはたのゆ草津温泉の湯畑源泉近くにある共同浴場建久4年(1193年)に源頼朝がこの地で巻き狩りをした際、付近で硫黄の臭いに気付き、土豪(地方豪族)の細野御殿介幸久に湯を掘らせた幸久は木曽義仲の家臣で、後に“湯本”の姓を授かり(姓名の由来)...