源平の戦い

峡東

定林寺 二子塚(山梨県笛吹市)

じょうりんじ ふたごづか富士川の合戦(源平の戦い)で逃げ遅れた平家の女人(白菊御前:平家の落人)が、この地に落ち延びた女人は双生児を産んだが母子とも亡くなり、この地に粗末に葬られたその後、毎年鬼火(怪火)が燃え、災厄が起こるため、日蓮が双児...
加賀

鏡の池(石川県加賀市)

かがみのいけ篠原の合戦(源平の戦い)に臨む斎藤実盛が、白髪(毛髪)を染める際に使った鏡が沈められた池年に1回池から鏡を取り出され、かつては雨乞い(祈雨)に使われていた『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.74石川県加賀市 深田...
加賀

実盛塚(石川県加賀市)

さねもりづか篠原の合戦(源平の戦い)で斎藤実盛が討死した場所に造られた塚遊行上人の太空(名僧)が十念を授けた老人が実盛の幽霊であるとの噂が流れ、太空が塚を訪れ回向した『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.68日本伝書大鑑:石川...
加賀

首洗池(石川県加賀市)

くびあらいいけ篠原の合戦(源平の戦い)で討ち取られた斎藤実盛の首実検のため、木曽義仲が首級を洗ったとされる池『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.68日本伝承大鑑:石川県加賀市 柴山町
加賀

根上松(石川県能美市)

ねあがりまつ樹高約14mの松の木で、樹根が地表より60cmほど隆起している根上町はこの木から名付けられた(地名の由来)源氏方の井家次郎範方(源平の武将)らが平家軍に追い込まれ、この松の木で全員が討ち死にした(源平の戦い)奥州へ逃げ落ちる源義...
下越

以仁王の墓(新潟県阿賀町)

もちひとおうのはか治承4年(1180年)の以仁王の乱(源平の戦い)に敗れ、高倉宮以仁王は奥州へ逃げ、会津からこの地へ隠れ住んだ(貴種流離譚)平氏の追っ手に気付かれ自害したとも、生涯を全うしたとも伝わり、墓所が残されている『日本の伝説41 越...
下越

間手橋(新潟県新潟市西蒲区)

まてばし以仁王の乱(源平の戦い)の後、菖蒲御前と共に源頼政も越後に逃れ、この地で別々に住んだ(生存説)毎日のように2人は会ったが、頼政はいつもこの橋で御前を待っていたためこの名が付いた(地名の由来)『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)...
洛外

醍醐寺 藤戸石(京都府京都市伏見区)

だいごじ ふじといし醍醐三宝院の庭にある名石藤戸合戦(源平の戦い)で功を成した佐々木盛綱(源平の武将)が、この石の上で秘密漏洩を怖れて男を殺害したとされる豊臣秀吉が聚楽第に置いていたが、三宝院の庭造りの際に手放した足利義満(足利氏)が金閣の...