源平の武将

広島廿日市

卒塔婆石/康頼灯籠(広島県廿日市市)

そとばいし/やすよりとうろう鹿ヶ谷の陰謀で鬼界ヶ島に流された平康頼(源平の武将)は、帰還を願った和歌を1000本の卒塔婆に書いて海に流した歌の書かれた1本の卒塔婆が厳島神社に流れ着いて、そこから康頼の赦免が叶った卒塔婆が流れ着いた場所にあっ...
東三河

正林寺 千体骨地蔵(愛知県豊橋市)

しょうりんじ せんたいぼねじぞう平家方の大将・原田種直(源平の武将)は筑前国芦屋の戦いで捕らえられ、鎌倉に幽閉された種直の末子・花若丸は、父の戦った芦屋の浜で戦死者の骨を拾い集め、千体の地蔵を造り上げた鎌倉に赴いた花若丸はやがて源頼朝と対面...
内房

お茶の水(千葉県千葉市中央区)

おちゃのみず平良文(平氏)の子・忠頼が生まれた時に湧き出てきた湧水で、産湯の水に使った治承4年(1180年)に千葉常胤(源平の武将)がこの地で源頼朝を出迎え、この水で茶を点てて歓待した慶長19年(1614年)に鷹狩りのためこの地に宿泊した徳...
下越

蒲原神社(新潟県新潟市中央区)

かんばらじんじゃ椎根津彦命(記紀神話の神)を主祭神とする古社で、蒲原郡の総鎮守畠山重忠の弟・六郎重宗(源平の武将)は、夫婦で越後に定住して出家して亡くなったが、その座像(貴人像)が安置されるこのことから通称“六郎さま”と呼ばれる米の豊凶を占...
日田竹田

烏宿神社(大分県日田市)

からとまりじんじゃ日田の大蔵三郎永隆(源平の武将)が平氏に囚われた時、2羽の烏が飛んで来て自分を助ける夢を見た(夢告)その後、源氏が勝って永隆は解放された参道にある池は不治の病や害虫に効験があり(虫除け)、飢饉の際に日田代官が命じて領内の者...
日田竹田

穴森神社(大分県竹田市)

あなもりじんじゃ祖母山の蛇体の神が棲む洞穴が境内にある豪族の娘の許へ毎夜訪れる若者があり、襟に針(裁縫道具)を刺してその糸をたどり、その正体を見つけた(異類婚姻譚)大蛇は死んだが、娘は身籠もっており、生まれた子が大神氏の祖先となった(生誕伝...
日田竹田

猪鹿狼寺(大分県竹田市)

いからじ源頼朝が巻狩の古式を教わるために、阿蘇大宮司の許へ仁田忠常(源平の武将)と梶原景季を派遣した2人は殺生禁断の久住山の地で巻狩の練習をして多くの獲物を得たため、頼朝が畜類供養のため寺名を変えた(名称の由来)『日本の伝説49 大分の伝説...
日田竹田

森八幡社(大分県竹田市)

もりはちまんしゃ緒方惟栄(源平の武将)を頼ってきた源為朝が峠から矢を放ち、それが刺さった場所に鶴岡八幡宮を勧請した(創建伝説)この時、2人の翁が為朝を惟栄の許まで案内したので“案内迫”と呼んでいたのが“穴井迫”の地名の由来となったとされる『...
日田竹田

岡城址(大分県竹田市)

おかじょうし緒方惟栄(源平の武将)が九州に源義経を迎え入れるために築城した城が始まりとされる南北朝時代に志賀氏(武家)がこの地を領して城を築く戦国時代、島津氏の襲来(戦国の戦い)に対し城主の志賀親次が3度にわたり撃退し、難攻不落の城として知...
高松坂出

平池(香川県高松市)

へいけ平清盛が家臣の田口民部(源平の武将)に命じて造らせたため池決壊が続くため、お告げにより、ちきり(機織道具)を持った娘を人柱とした池が完成した後、一箇所から水が流れ出し、その音が「いわざら、こざら」と聞こえるようになった(声の怪)乙女の...