武雄多久小城万寿観音(佐賀県武雄市) まんじゅかんのん黒髪山の大蛇退治の際に、武雄の邑主・後藤助明(地方豪族)は大蛇をおびき寄せるための人身御供を求めた讒言で後藤家を追われた松尾弾正の遺児・万寿姫(乙女)が、御家再興を願って名乗り出た水棚に置かれた万寿姫に大蛇は襲いかかったが、... 2026.03.01武雄多久小城
武雄多久小城為朝の弓掛松(佐賀県武雄市) ためとものゆみかけまつ源為朝は最初“おつぼ山(靱山)”に暮らしていたが、領主の後藤助明(地方豪族)が若木に居館を与え、移転させた(屋敷跡)黒髪山の大蛇を退治した時もこの地から出陣したとされ、大蛇に矢を射掛けた“八人掛けの強弓”を立て掛けてお... 2026.02.27武雄多久小城
武雄多久小城おつぼ山(佐賀県武雄市) おつぼやま九州に流された源為朝が、武雄の領主・後藤助明(地方豪族)の監視の下に居館を構えたとされる(屋敷跡)標高66mの頂上には為朝を祀るとされる“八郎さんの石祠”が置かれる昭和37年(1962年)に全国8番目となる神籠石が発見され、総延長... 2026.02.27武雄多久小城
唐津伊万里黒髪山(佐賀県有田町) くろかみやま標高516mの山で、頂上に“天童岩”と呼ばれる巨石があるこの山に七又の角の生えた大蛇が棲み着き、天童岩に身体を巻き付け、口から火を吹きながら周辺に害をなした長寛2年(1164年)に訴えがあり、武雄邑主・後藤助明(地方豪族)が60... 2026.02.25唐津伊万里
唐津伊万里駒鳴峠(佐賀県伊万里市) こまなきとうげ黒髪山の大蛇を退治した源為朝は、その鱗を都に献上しようと馬に運ばせた途中の峠の上り道で、あまりの重さに馬がいなないたことが“駒鳴”の地名の由来となったこの峠に“駒石”という名の、馬の形に似た石があり、夜な夜ないなないた(夜泣き... 2026.02.24唐津伊万里
唐津伊万里十三塚神社(佐賀県伊万里市) じゅうさんづかじんじゃ近くにある池ノ峠(または城古岳)に牝の大蛇が棲んでおり、源為朝がその退治を頼まれた為朝が強弓で射抜くと、大蛇はのたうち回ってこの地で息絶えた(化け物退治)大蛇の死骸は13に切り分けられ、それぞれ塚に埋められた昭和11年... 2026.02.24唐津伊万里
武雄多久小城高野神社 矢の根石(佐賀県多久市) たかのじんじゃ やのねいし境内にある六地蔵塔(石塔)の竿石に、直径1.5cmの鉄鏃(矢尻)が射込まれている源為朝が黒髪山の大蛇を退治した際、鬼の鼻山から矢を放ったところ、大蛇に当たったが刺さらず、跳ね返ってこの石に突き刺さった矢尻の部分が抜... 2026.01.29武雄多久小城
佐賀鳥栖為朝の池(佐賀県佐賀市) ためとものいけ高木八幡宮の南側門前にある小池源為朝がこの地に陣を張っていたところ、池に蛙が集まって騒々しいぐらい鳴いた怒った為朝が「やかましい」と一喝するとたちどころに鳴き止み、以後この池では一切声を出さなくなった(音止伝説)ことから名が付... 2026.01.03佐賀鳥栖
佐賀鳥栖五万ヶ池(佐賀県上峰町) ごまがいけ源為朝が館を築いた鎮西山の中腹にある池源為朝がこの池あたりで敵兵5万騎を殺して血の池となった(地名の由来)殺された兵の恨みが集まり1匹の大蛇となって(怨霊)、人を襲うようになったとの噂が残る『日本の伝説38 佐賀の伝説』(角川書店... 2025.12.15佐賀鳥栖
甲府韮崎北杜為朝神社(山梨県韮崎市) ためともじんじゃ伊豆大島に流罪となっていた源為朝が、武田信義(源平の武将)を頼って鬼2匹と共にこの地に来て“武田為朝”を名乗った(貴種流離譚)神社にある、天保12年(1841年)に造られた為朝の木像(貴人像)に祈願すると疱瘡が全快する(悪瘡... 2025.08.09甲府韮崎北杜