源義経

高松坂出

弓流しの跡(香川県高松市)

ゆみながしのあと屋島の戦いの時、源義経は自分の弓を流してしまったが、苦心してそれを拾い上げた家臣が理由を尋ねると「大将の持つ弓が強弓でないと誹りを受けたくない」ためと語ったとされる『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店)p.23香川県高松市...
高松坂出

射落畠(香川県高松市)

いおちばた屋島の戦いで、佐藤継信が主人の源義経の身代わりとなって討死した平教経(平氏)の矢によって射られ、落馬した場所とされる『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店)p.23日本伝承大鑑:香川県高松市 牟礼町牟礼
高松坂出

太夫黒の墓(香川県高松市)

たゆうぐろのはか佐藤継信が討死した際、布施として寺に預けられた馬その後行方をくらまし、数日後に継信の墓の横で死んでいるのが見つかったため、一緒に葬られた(鳥獣墓)一の谷の戦いで源義経が「鵯越の逆落とし」をした時に騎乗していた馬(名馬伝説)『...
高松坂出

佐藤継信の墓(香川県高松市)

さとうつぐのぶのはか源義経の家臣・佐藤継信の墓所屋島の戦いで主人の身代わりとなって討死した『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店)p.22日本伝承大鑑:香川県高松市 牟礼町牟礼
庄内

鼠ヶ関(山形県鶴岡市)

ねずがせき奥羽三関と呼ばれた関所があった源義経一行が上陸、この地で弁慶が勧進帳を読み上げたとも言われる(演劇)海岸にある岩石が連なっている様子から念珠ヶ関と名付けられたとも(地名の由来)『日本の伝説4 出羽の伝説』(角川書店)p.115山形...
最上

仙人堂(山形県戸沢村)

せんにんどう奥州へ逃れた源義経一行が立ち寄り、家来の常陸坊海尊だけがこの地に残って堂を建てた海尊は長命を保ち、仙人となったと伝えられるため、仙人堂の名がついた(名称の由来)『日本の伝説4 出羽の伝説』(角川書店)p.93山形県戸沢村 古口
最上

お大日様(山形県真室川町)

おだいにちさま源義経が平泉へ落ちる途中、一夜の宿の礼に与えられた掛け軸縁日に家の当主が、湯気の立ちこめる中、数十秒だけ掛け軸の絵を見せ、各人に見えた姿からそれぞれが吉凶を判断する(行事:占い)この縁日は、鮭の大助が大日如来を参拝に来るとされ...
最上

亀割子安観音(山形県最上町)

かめわりこやすかんのん源義経一行が奥州へ逃れる途中、正室の北の方が産気付き、この地で若子を産んだとされるこのことから安産のご利益があるとされる『日本の伝説4 出羽の伝説』(角川書店)p.75山形県最上町 大堀
南信

駒繋ぎの桜(長野県阿智村)

こまつなぎのさくら幹周り4m、樹高20m、樹齢約400年のエドヒガンザクラ(桜)の木奥州へ落ち延びる途中の源義経が、馬をつないだとされる木『日本の伝説3 信州の伝説』(角川書店)p.112長野県阿智村 智里園原
洛外

牛若丸誕生井(京都市北区)

うしわかまるたんじょういこの地に源義朝の別宅があり、牛若丸(源義経)の生誕地とされるこの地には産湯の井戸と胞衣塚があるこの土地の所有者である上野氏は源義朝の命で常盤御前の出産を手伝い、井戸を代々守ってきたとされる『日本の伝説1 京都の伝説』...