源義経

中越

胞姫神社(新潟県柏崎市)

よなひめじんじゃ奥州へ落ち延びる途中の源義経がこの地を通りがかった時、北の方が産気付いた無事に嫡男が生まれたため、弁慶が胞衣を神社に奉納した(胞衣塚)近くには弁慶が杖を突いて湧きだした産湯の水(湧水)がある安産・子授けの御利益で有名で、神社...
上越

能生白山神社 汐路の鐘(新潟県糸魚川市)

のうはくさんじんじゃ しおじのかね能生白山神社にある鐘源義経がこの地を訪れ、その際に常陸坊海尊の追銘があったといわれる潮(潮汐)が満ちると、人が触らずとも鐘が自ずと鳴ることから“汐路の鐘”と呼ばれた明応年間に火災により焼失、残銅で再鋳造され...
日田竹田

岡城址(大分県竹田市)

おかじょうし緒方惟栄(源平の武将)が九州に源義経を迎え入れるために築城した城が始まりとされる南北朝時代に志賀氏(武家)がこの地を領して城を築く戦国時代、島津氏の襲来(戦国の戦い)に対し城主の志賀親次が3度にわたり撃退し、難攻不落の城として知...
西讃

加茂神社 弁慶の大般若経(香川県多度津町)

かもじんじゃ べんけいのだいはんにゃきょう加茂神社に奉納された経典平家を追って長門へ向かった源義経一行は嵐に遭って、多度津の浜に上陸した加茂神社に航海安全を祈願し、弁慶が自筆の大般若経600巻を書いて納めた『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川...
東讃

鼓渕(香川県さぬき市)

つづみふちかつてこの地に泉(湧水)があった剃髪し俗世への未練を断ち切るために静御前が、源義経から形見として渡された鼓(楽器)を捨てた淵鼓は、唐伝来で後白河法皇より平清盛に下賜され、屋島の戦いの折に波間に漂っているところを伊勢三郎が拾い上げ義...
高松坂出

弓流しの跡(香川県高松市)

ゆみながしのあと屋島の戦いの時、源義経は自分の弓を流してしまったが、苦心してそれを拾い上げた家臣が理由を尋ねると「大将の持つ弓が強弓でないと誹りを受けたくない」ためと語ったとされる『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店)p.23香川県高松市...
高松坂出

射落畠(香川県高松市)

いおちばた屋島の戦いで、佐藤継信が主人の源義経の身代わりとなって討死した平教経(平氏)の矢によって射られ、落馬した場所とされる『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店)p.23日本伝承大鑑:香川県高松市 牟礼町牟礼
高松坂出

菜切地蔵(香川県高松市)

なきりじぞう弁慶が料理をしようとしたところ、まな板がないので、その代わりにこの地蔵の背で菜を切って汁を作り、源義経に献じたとされるこの時義経は「弁慶がこしらえし菜は武蔵坊」と詠み、弁慶が「それを知りつつ九郎判官」と返した(和歌)『日本の伝説...
高松坂出

太夫黒の墓(香川県高松市)

たゆうぐろのはか佐藤継信が討死した際、布施として寺に預けられた馬その後行方をくらまし、数日後に継信の墓の横で死んでいるのが見つかったため、一緒に葬られた(鳥獣墓)一の谷の戦いで源義経が「鵯越の逆落とし」をした時に騎乗していた馬(名馬伝説)『...
高松坂出

佐藤継信の墓(香川県高松市)

さとうつぐのぶのはか源義経の家臣・佐藤継信の墓所屋島の戦いで主人の身代わりとなって討死した寛永20年(1643年)高松藩主・松平頼重(大名)が標石を建て、昭和6年(1931年)に30世子孫が現在の墓所の形に改修した『日本の伝説5 讃岐の伝説...