広島廿日市

邇保姫神社(広島県広島市南区)

にほひめじんじゃ神功皇后が三韓征伐の帰りにこの地で1泊した翌日の出発時に、邪気払いに放った矢が当地の山に刺さっていたのを御神体として、爾保都比売神を祀る神社を当地に建てた(創建伝説)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.62広島県広...
西三河

明星院 片目不動尊(愛知県岡崎市)

みょうじょういん かためふどうそん徳川家康が戦場で劣勢に立たされた時に(戦乱)、白衣の武人が現れ加勢した武人は敵方の矢で片目を射抜かれると姿を消したが、徳川方が勝利した勝利の後に明星院へ行くと、本尊の不動明王の片目が潰れており、武人の正体を...
外房

箭挿神社(千葉県山武市)

やさしじんじゃ源頼朝が100本の矢を使って九十九里浜の測量をした際、ちょうど真ん中にあたる49本目の矢を挿した地に社を建てた(創建伝説)別説では、日本武尊を祀った社と知った源頼朝が、10本の矢を奉納したことから名がついたとされる(名称の由来...
日田竹田

森八幡社(大分県竹田市)

もりはちまんしゃ緒方惟栄(源平の武将)を頼ってきた源為朝が峠から矢を放ち、それが刺さった場所に鶴岡八幡宮を勧請した(創建伝説)この時、2人の翁が為朝を惟栄の許まで案内したので“案内迫”と呼んでいたのが“穴井迫”の地名の由来となったとされる『...
西讃

高木神社(香川県観音寺市)

たかぎじんじゃ高木馬之助という剛力の武人が、本山寺の五重塔から西に向かって矢を放ち、矢の落ちたところに死後祀って欲しいと願った(創建伝説)馬之助の死後に村人が小祠を建て、あらゆる願いが叶うとして篤く信奉した『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川...
西讃

頼政矢止めの松(香川県善通寺市)

よりまさやどめのまつ善通寺にある筆の山に棲む大百足を退治しようと、源頼政が屋敷から矢を放った1本目と2本目の矢は、途中にある松の木に当たって届かず、3本目の矢で百足を退治したという(化け物退治)別説では、源頼政が遠矢をして矢が当たったのがこ...
西讃

道隆寺(香川県多度津町)

どうりゅうじ四国八十八ヶ所霊場の1つ領主(地方豪族)の和気道隆が、毎夜光る桑の木を怪しみ、そこに向かって矢を放ったその時誤って乳母を射殺してしまったため、その木を伐って仏像を彫り、堂を建てたことから始まる(創建伝説)『日本の伝説5 讃岐の伝...
高松坂出

射落畠(香川県高松市)

いおちばた屋島の戦いで、佐藤継信が主人の源義経の身代わりとなって討死した平教経(平氏)の矢によって射られ、落馬した場所とされる『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店)p.23日本伝承大鑑:香川県高松市 牟礼町牟礼
島尻

真玉橋(沖縄県豊見城市)

まだんばし石橋に架け替える工事の際、七色の元結い(装身具)をした子年生まれの女を人柱にせよとの神託があったそのような女が現れなかったため、神託した神女が人柱となったあるいは、人柱を決める方法として矢を飛ばして刺さった家の者とすると決めたが、...
洛外

賀茂別雷神社(京都府京都市北区)

かもわけいかづちじんじゃ通称・上賀茂神社京都の最古社の一つで、山城国一之宮建角身命の娘・玉依姫が川上から流れてきた丹塗りの矢(正体は大山祇神とされる)を持って帰った後、祭神の賀茂別雷命(その他の神々)を産んだとされる(創建伝説)あるいは神山...