大月都留吉田矢立の杉(山梨県大月市) やたてのすぎ樹高約28m、根回り約15m、樹齢1000年の杉の巨木源頼朝が、富士の巻き狩りの折に放った矢が立ったとされる杉の木戦国時代には、軍勢がこの街道を利用して通る途中、武運を祈ってこの木に矢を射立てる慣習があった(武運長久)『日本の伝... 2025.08.04大月都留吉田
佐渡矢島(新潟県佐渡市) やじま矢竹(竹藪)を産出したので名が付いた島(地名の由来)源頼政の鵺退治の際に使われた矢もここの竹で作られたものとされる『日本の伝説9 佐渡の伝説』(角川書店)p.106新潟県佐渡市 小木 2025.07.30佐渡
八尾河内長野鏑矢塚(大阪府八尾市) かぶらやづか蘇我馬子と物部守屋との戦乱で、聖徳太子が自ら四天王を彫り必勝祈願をしたところ、舎人の迹見赤檮(とみのいちい)が放った矢が物部守屋に当たったこれにより蘇我馬子は勝利し、この守屋を射た鏑矢は埋められ塚が造られた(物品供養)『日本の伝... 2025.07.09八尾河内長野
広島廿日市邇保姫神社(広島県広島市南区) にほひめじんじゃ神功皇后が三韓征伐の帰りにこの地で1泊した翌日の出発時に、邪気払いに放った矢が当地の山に刺さっていたのを御神体として、爾保都比売神を祀る神社を当地に建てた(創建伝説)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.62広島県広... 2025.05.24広島廿日市
岡崎豊田刈谷明星院 片目不動尊(愛知県岡崎市) みょうじょういん かためふどうそん徳川家康が戦場で劣勢に立たされた時に(戦乱)、白衣の武人が現れ加勢した武人は敵方の矢で片目を射抜かれると姿を消したが、徳川方が勝利した勝利の後に明星院へ行くと、本尊の不動明王の片目が潰れており、武人の正体を... 2025.05.12岡崎豊田刈谷
東金九十九里箭挿神社(千葉県山武市) やさしじんじゃ源頼朝が100本の矢を使って九十九里浜の測量をした際、ちょうど真ん中にあたる49本目の矢を挿した地に社を建てた(創建伝説)別説では、日本武尊を祀った社と知った源頼朝が、10本の矢を奉納したことから名がついたとされる(名称の由来... 2025.04.27東金九十九里
日田竹田森八幡社(大分県竹田市) もりはちまんしゃ緒方惟栄(源平の武将)を頼ってきた源為朝が峠から矢を放ち、それが刺さった場所に鶴岡八幡宮を勧請した(創建伝説)この時、2人の翁が為朝を惟栄の許まで案内したので“案内迫”と呼んでいたのが“穴井迫”の地名の由来となったとされる『... 2025.03.16日田竹田
丸亀善通寺高木神社(香川県観音寺市) たかぎじんじゃ高木馬之助という剛力の武人が、本山寺の五重塔から西に向かって矢を放ち、矢の落ちたところに死後祀って欲しいと願った(創建伝説)馬之助の死後に村人が小祠を建て、あらゆる願いが叶うとして篤く信奉した『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川... 2025.03.04丸亀善通寺
丸亀善通寺頼政矢止めの松(香川県善通寺市) よりまさやどめのまつ善通寺にある筆の山に棲む大百足を退治しようと、源頼政が屋敷から矢を放った1本目と2本目の矢は、途中にある松の木に当たって届かず、3本目の矢で百足を退治したという(化け物退治)別説では、源頼政が遠矢をして矢が当たったのがこ... 2025.03.04丸亀善通寺
丸亀善通寺道隆寺(香川県多度津町) どうりゅうじ四国八十八ヶ所霊場の1つ領主(地方豪族)の和気道隆が、毎夜光る桑の木を怪しみ、そこに向かって矢を放ったその時誤って乳母を射殺してしまったため、その木を伐って仏像を彫り、堂を建てたことから始まる(創建伝説)『日本の伝説5 讃岐の伝... 2025.03.04丸亀善通寺