武雄多久高野神社 矢の根石(佐賀県多久市) たかのじんじゃ やのねいし境内にある六地蔵塔(石塔)の竿石に、直径1.5cmの鉄鏃(矢尻)が射込まれている源為朝が黒髪山の大蛇を退治した際、鬼の鼻山から矢を放ったところ、大蛇に当たったが刺さらず、跳ね返ってこの石に突き刺さった矢尻の部分が抜... 2026.01.29武雄多久
佐賀鳥栖万部島(佐賀県佐賀市) まんぶじま佐賀城の鬼門に当たる、堀と川に囲まれた中洲で、永正2年(1505年)に龍造寺家兼(戦国大名)が国家安泰・万民安楽を願って法華経(経典)一万部の誦経(宗教儀式)をおこなった以後明治維新になるまで、肥前藩の藩主(大名)が誦経を執りおこ... 2026.01.06佐賀鳥栖
四万十足摺賀茂神社 八百比丘尼の塔(高知県須崎市) かもじんじゃ やおびくにのとう人の顔をした魚(人魚)が網に掛かり、須崎の港に揚げられた魚は暫く放置されていたが、近所の女児がその魚に這い上がって、傷口の血を舐めた娘は年月が経っても容貌が変わらず、200歳を過ぎた頃に剃髪して行脚の旅に出た(... 2025.12.06四万十足摺
奈良宇陀衣掛柳の碑(奈良県奈良市) きぬかけやなぎのひ帝の寵愛を受けられないことを憂い、猿沢の池に入水した采女が、入水の前に池の畔にあった柳の木に衣を掛けた(悲恋伝説)その木があった跡に、十三重の石塔が建てられ残る『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川書店)p.12奈良県奈良市... 2025.11.07奈良宇陀
中毛正観寺 義経馬殿塔(群馬県伊勢崎市) しょうかんじ よしつねうまどのとう?粕川(河川)を渡ろうとした源義経一行だが、洪水後の増水で義経の乗馬と案内をした山伏の知海坊が流された義経の身代わりになって流されたため、篤く葬って石塔を建てた(鳥獣墓)『日本の伝説27 上州の伝説』(角川... 2025.09.25中毛
鹿児島霧島隼人塚(鹿児島県霧島市) はやとづか五重石塔3基と四天王石像4体からなる養老4年(720年)大和政権に反乱(戦乱)を起こした隼人族(隼人熊襲)の慰霊のために造られた塚とされる『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.51鹿児島県霧島市 隼人町見次 2025.08.25鹿児島霧島
河内中将姫所縁の石塔(大阪府東大阪市) ちゅうじょうひめゆかりのせきとうこの地にあった渕側池(現存せず)に生える蓮から取った糸(裁縫道具)を使って、中将姫が当麻寺の曼荼羅を一夜にして織り上げたとされる池があった近くに供養のための石塔が建つ『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p... 2025.07.09河内
大阪法明寺 雁塚(大阪府大阪市東成区) ほうみょうじ かりつか弓の名手であった清原刑部丞正次という者(名士)が、ある冬に1羽の雁を射落としたが、なぜかその首がなかった翌年また1羽の雌の雁を射たが、その羽の下から干からびた雁の首が出てきたこの話を聞いた法明上人(名僧)が雁の夫婦の情... 2025.07.06大阪
備後通盛神社(広島県福山市) みちもりじんじゃ“平家の宮”とも呼ばれ、この地に落ち延びた平通盛(平氏)とその妻の小宰相(平家の落人)を祭神として建久3年(1192年)に創建された神社本殿には、礼服姿の通盛・小宰相夫婦の木像(貴人像)が祀られる旧暦8月13日の祭礼には、海... 2025.05.27備後
備後弁天島(広島県福山市) べんてんじまある侍が刀(刀剣)を落としたので、100貫の賞金(貨幣)で拾うように頼んだ鮫が多くいるため引き受ける者がなかったが、ある漁夫が飛び込んで刀を拾い上げた漁夫は鮫に足を食われ亡くなったことから、侍は100貫で供養の石塔を島に建てたこ... 2025.05.26備後