石碑

佐賀鳥栖

霊仙寺跡 日本茶樹栽培発祥の地(佐賀県吉野ヶ里町)

りょうぜんじあと にほんちゃじゅさいばいはっしょうのち建久2年(1191年)に宋から帰国した栄西(名僧)が茶の種を持ち帰り、脊振山にあった霊仙寺石上坊境内で栽培を始め、その製法を教えたとされる(起源伝説)現在も周辺では茶畑が残り、乙護法堂の...
佐賀鳥栖

八ツ並長者の碑(佐賀県基山町)

やつなみちょうじゃのひ周辺を治めていた八ツ並長者の屋敷跡に建てられた石碑碑の南西にある“剣塚”が長者の墓所とされる近くの竹藪に生える躑躅の木の枝を折ると重病になるとされる(発病)近くの竹藪の中にある石塔は長者の膳が埋めてある塚とされる『日本...
佐賀鳥栖

妙覚寺(佐賀県鳥栖市)

みょうかくじ菅原道真お手植えの梅の木があり、1本の枝から5個の実が成るとされた昭和28年(1953年)の水害で初代は枯れてしまった現在山門近くに“菅公手栽五子之梅"と刻まれた石碑が立ち、隣に梅の木が植えられている『日本の伝説38 佐賀の伝説...
熊谷深谷

見返り松(埼玉県深谷市)

みかえりまつ深谷宿の街道筋外れにある松の木で、前夜の宿で取った遊女を思い出して旅人が振り返る場所と言われた現在は何代目かの松と石碑が立つ『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.102埼玉県深谷市 原郷
川越飯能

重闢茶場碑(埼玉県入間市)

かさねてひらくちゃじょうのひ出雲祝神社境内にある石碑文政2年(1819年)にこの地で狭山茶の生産を復活させたことを記念して建てられた『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.65埼玉県入間市 宮寺
行田春日部

川俣締切跡(埼玉県羽生市)

かわまたしめきりあと文禄3年(1594年)におこなわれた利根川治水(堤防)の最初期の工事跡この時人柱となった行者(行者山伏)を祀った締切神社の石碑が横にある(祠は現存せず)『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.55埼玉県羽生市 上新...
さいたま川口

慈眼寺 八百比丘尼の碑(埼玉県さいたま市西区)

じげんじ やおびくにのひ若狭国に住む通鴻という者が龍宮へ行き、土産に貰った人魚の肉を娘が食べ不老不死となった娘は八百比丘尼となり、武蔵の地に長年住み続けたが何処ともなくいなくなった一説では、800歳でこの地を訪れた尼は、善政を敷く領主に残り...
西毛

栖雲寺 虎御石供養塔(群馬県富岡市)

せいうんじ とらごいしくようとう“御虎石(おとらいし)”とも呼ばれる曾我兄弟の菩提を弔うために虎御前が立ち寄った山門の前にある5mの石柱(石碑)が虎御前が供養のために建てた(あるいは虎御前を祀る石)『日本の伝説27 上州の伝説』(角川書店)...
出雲

▲義民伝六の碑(島根県奥出雲町)

ぎみんでんろくのひ天明4年(1784年)の飢饉で、年貢の減免を訴えた義民の伝六が処刑された跡(刑場)に建つ石碑晒された首級は真っ直ぐに向けても、翌日には松江の城を向いて睨みつけ続けた(死者の怪)『日本の伝説48 出雲・石見の伝説』(角川書店...
出雲

金屋子神社 仏島の碑(島根県安来市)

かなやごじんじゃ ほとけじまのひ石見国の役人であった柿本人麻呂は、都との往復の途中で嵐に遭って仏島で客死した墳墓のしるしとして建てられた石碑現在仏島はなく、日立金属の敷地内にある金屋子神社に安置される『日本の伝説48 出雲・石見の伝説』(角...