祭礼

松江出雲

佐太神社(島根県松江市)

さだじんじゃ出雲三大社の1つで、出雲国二之宮主祭神は佐太大神(猿田彦神)で加賀の潜戸で生まれたとされる母神である伊弉冉神が正中殿に祀られており、神在月(神無月)に八百万の神々がそれを偲んで集うとされ、最終日にお忌み祭(祭礼)が執りおこなわれ...
浜田益田

大島・女島(島根県江津市)

おおしま・めじま?安芸の宮島の神が、“大島”という名の島があると聞いて訪ねてきたが、小島だったため落胆したその後、いつしか大島の隣に島ができて、女島と呼ばれるようになった大島に祀られている神は宮島の神の姉にあたるため(宗像三女神)、祭礼を1...
松江出雲

稲佐の浜(島根県出雲市)

いなさのはま国譲りの際、大国主命と武甕槌神が交渉した地この浜から続く海岸線は、国引き神話では半島と山を繋ぐ綱とみなされる旧暦10月10日に、全国八百万の神々を迎える神事(祭礼)がおこなわれる浜(神無月)『日本の伝説48 出雲・石見の伝説』(...
松江出雲

美保神社(島根県松江市)

みほじんじゃ大国主命の長男である事代主命を主祭神とする国譲りの際、この地で国を譲ることを許諾した事代主命は、乗っていた船を傾け柴垣に変えて隠れたこの時の様子を再現する諸手船神事と青柴垣神事が現在も祭礼でおこなわれる『日本の伝説48 出雲・石...
指宿枕崎日置

大山祇神社(鹿児島県南さつま市大浦町)

おおやまづみじんじゃ祭礼の時に巨大な草鞋(履物)を作って奉納する慣わしがある(慣習の由来)平家の落人がこれを作り、巨人が棲んでいると思わせて源氏の追っ手を追い払ったとされる大正2年(1913年)に野間神社に合祀されたが、現在も平家の落人の子...
薩摩川内出水

波留南方神社 鬼神面(鹿児島県阿久根市)

はるみなかたじんじゃ きじんめん宝暦年間(1751~1764年)の頃、腕の立つ大工が作った鬼の面が、その出来映え故にひとりでに神社に納まっていた(動く絵や像)8年ごとにおこなわれる神社の祭礼である鬼神舞(きしんめ)に使用されるこの舞の最高潮...
薩摩川内出水

郡山八幡神社(鹿児島県伊佐市)

こおりやまはちまんじんじゃ永禄2年(1559年)の本殿修理で「焼酎(酒)を腹一杯飲ませてくれない」と木片に不満を綴った落書(文書)が、昭和29年(1954年)の修理の際に発見されたこの地を高貴な姫君が75名の従者を連れて通り掛かり、鹿児島ま...
鹿屋垂水曽於

岩川八幡神社(鹿児島県曽於市)

いわがわはちまんじんじゃ11月におこなわれる祭礼では、約5mの大きさの武人姿をした巨人の“弥五郎どん”が町を練り回る弥五郎どんは、山之口が長男、大隅(曽於)が次男、日南が三男とされ、熊襲(隼人熊襲)の末裔とも武内宿禰であるともされる。『日本...
鹿屋垂水曽於

七狩長田貫神社(鹿児島県鹿屋市)

ななかりおさたぬきじんじゃ妻を亡くした猿田彦神は後妻をもらい、子を育てていたが、後妻は隠れて別鍋でご馳走(料理)を食べていたそれがばれてしまった後妻は逃げてしまい、猿田彦が行方を探したその追った道順をたどるのが、祭礼のしか祭(神能面渡御祭)...
鹿児島霧島

姫宮神社(鹿児島県鹿児島市)

ひめみやじんじゃ開聞にある枚聞神社の姫宮の一人は、足指が2つの不具者であったため、うつろ舟(うつぼ舟)で流された(貴種流離譚)やがて野尻に着いた姫が「水を飲みたい、髪を洗いたい」と言うと水が湧き(湧水)、土地が潤った姫が漂着した9月16日を...