腰掛け石

加賀

光教寺跡(石川県加賀市)

こうきょうじあと一向宗の大寺として栄えていたが兵火で焼失した蓮如ゆかりの腰掛け石や枕石が残る現在は光闡坊という寺院が建つ『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.73石川県加賀市 山田町
加賀

岩根神社 泰澄腰掛け石(石川県白山市)

いわねじんじゃ たいちょうこしかけいし泰澄が創建した神社で、境内に泰澄が休んだとされる腰掛け石がある境内の大欅の根が包み込んだ3つの巨石を白山三山に見立てて岩根神社と命名した(名称の由来)『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p....
加賀

金劔宮 義経腰掛け石(石川県白山市)

きんけんぐう よしつねこしかけいし金劔宮の境内にある石奥州へ落ち延びる際、源義経がこの地を訪れ、この石に腰掛けた(腰掛け石)この時義経は夜通し神楽(音曲)を奉納し、さらに太刀(刀剣)一振りを奉納(現存せず)したとされる『日本の伝説12 加賀...
金沢

才田御亭山古墳(石川県金沢市)

さいだおちんやまこふん直径20m、高さ5mの、古墳時代に造られた円墳伝説では、蓮如に美しい景色を見てもらおうと土盛りしたと言われる蓮如が挿した箸が榎の大樹となっている山頂にある石は蓮如の腰掛け石とされる『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(...
広島廿日市

多家神社(広島県府中町)

たけじんじゃ別名・埃宮(えのみや)神武東征の途中に一行が立ち寄り、しばらく滞在した地とされる上陸した神武天皇が土地の者に対して「誰であるか」と尋ねたことから名付けられた誰曽廼森(たれそのもり:叢林)がある旧社地には神武天皇の腰掛け石が残され...
広島廿日市

宮島さん石(広島県広島市安芸区)

みやじまさんいし川の中の巨石であったが河川工事で破壊され、工事関係者に変事(祟る物)があったために破片だけが残された出雲から戻ってきた市杵島姫命(宗像三女神)がこの地で急に産気付き、この石の上で伏した(腰掛け石)安産の神として祀られている『...
名古屋

七所神社 日本武尊腰掛石(愛知県名古屋市中村区)

しちしょじんじゃ やまとたけるのみことこしかけいし境内に古墳があり、その前に“不生石”という石があったため“岩塚町”の地名の由来となったその“不生石”が後年、東征から戻り伊吹山へ向かう途中に日本武尊が休憩に使った腰掛け石と呼ばれるようになっ...
名古屋

浜神明社 西行腰掛石(愛知県名古屋市瑞穂区)

はましんめいしゃ さいぎょうこしかけいし熱田神宮の二十五丁橋から逃げてきた西行が一休みした腰掛け石実際は、西行の熱心な愛好家が造って寄進した石で、側面に“西行法師腰掛石”と彫られている『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書店)p.12愛知県名...
安房

西行寺(千葉県館山市)

さいぎょうじ西行の妻・呉葉の前が、諸国行脚する夫の後を追ってこの地で病死、葬られた後にこの地を訪れた西行は妻の死を憐れんで堂宇を修復して西行寺とした(創建伝説)あるいは奥州へ東大寺再建の勧進の途中で西行が立ち寄り、この地に庵を建てたのが始ま...
豊前国東

雲八幡神社(大分県中津市)

くもはちまんじんじゃ神功皇后が腰掛けた巨石(腰掛け石)から、大宝3年(703年)に白雲が湧き出て童子神が出現したことから始まる(創建伝説)九州に落ち延びた平家の落人は多数討ち取られ、その怨念は河童となって悪さをおこなったその霊を鎮めるための...