武雄多久小城

御船山(佐賀県武雄市)

みふねやま標高210mの山三韓征伐を終えた神功皇后はこの地に船を停泊させて上陸したが、その時船を繋いだのがこの山であるとされる(地名の由来:舟繋ぎ伝説)また停泊した船がそのまま山になってしまったともされ(地形の由来)、北の嶺が船首、南の嶺が...
武雄多久小城

武雄神社(佐賀県武雄市)

たけおじんじゃ三韓征伐を終えた神功皇后一行は武雄の地に船を停泊させたが、その船が今の御船山になったとされる天平3年(735年)初代神主となる伴行頼(地方豪族)に、住吉三神と共に御船山に鎮座した武内宿禰が新たに山の麓に祀って欲しいと神託があっ...
唐津伊万里

土器崎/七ツ釜(佐賀県唐津市)

かわらけざき/ななつがま三韓征伐の時、神功皇后の軍勢がこの地で戦勝祈願(あるいは戦勝祝い)をおこない、海神を祀り、神酒をいただいた土器(酒器)を海中に投げた(地名の由来)当地にある“七ツ釜”は、40mの断崖に7つの海蝕洞穴が並んである場所で...
唐津伊万里

赤水観音/船繋ぎ石(佐賀県唐津市)

あかみずかんのん/ふなつなぎいし朝鮮遠征を終えて戻った大伴狭手彦(豪族)は、鏡山の麓まで船で乗り入れ、近くの石に船を繋いだ(名石:舟繋ぎ伝説)そこで恋仲だった松浦佐用姫が亡くなっていることを知り、すぐさま降り立った場所に堂宇を建てて、持ち帰...
唐津伊万里

佐代姫神社(佐賀県伊万里市)

さよひめじんじゃ松浦佐用姫は、大伴狭手彦(豪族)の乗った船を追って、鏡山を下りて浜崎から船を出したしかし嵐に遭って難破し、遺骸と壺を乗せた小舟がこの地に漂着した村人は高貴な女性と思い丁重に葬ったところ、豊漁が続いたその後佐用姫の身内の者が来...
武雄多久小城

多良岳(佐賀県太良町)

たらだけ標高988mの山で、山頂に太良嶽神社上宮があるかつて太良嶽神社の神が海を渡ってこの地に来た時、船が沈みそうになり、海老(甲殻類)に助けてもらったこの故事から、地元の者は多良岳に登る時は海老を食べてはいけないとされる(禁忌)『日本の伝...
佐賀鳥栖

浮盃金立神社 徐福上陸地(佐賀県佐賀市)

ぶばいきんりゅうじんじゃ じょふくじょうりくち不老不死の仙薬(薬草)を求めて秦から来訪した徐福が最初に上陸した場所に建つ神社海岸まで船で来た徐福は、海に盃(酒器)を浮かべて良地を占いし、それが流れ着いた場所から上陸し浮盃と名付けた(地名の由...
佐賀鳥栖

千栗八幡宮(佐賀県みやき町)

ちりくはちまんぐう郡司(豪族)の壬生春成が猟で矢を放とうとした瞬間に弓に一羽の鳩がとまったその夜夢で老翁が現れ、その地に八幡神を祀るよう夢告し、1000個の栗の実を与えた翌日その地に1000本の栗の木が天地逆に生えている(一夜作り伝説)のを...
四万十須崎

姫島(高知県宿毛市)

ひめしま沖の島の長者が上方に上った際に京で遊女を見初め、一緒に土佐へ連れ帰った島の近くまで来た時、長者は妻があることを告げ、しばらく小島で待って欲しいと言い聞かせたしばらく後に長者が小島に船を着けた時には遊女は亡くなっていた(子女受難)その...
室戸安芸

葛島(高知県東洋町)

くずしま上方で一攫千金の商いをした魚商人が、京都で遊女と懇ろになり、土佐へ連れ帰ってきた船が港に着く直前に、商人は妻子があることを告げ、近くの島で待つよう言い聞かせた船が去った後で騙されたことを知った遊女は助けを求めたが、そのまま島で亡くな...