武雄多久天満神社(佐賀県小城市牛津町) てんまんじんじゃ壇ノ浦の戦いで敗れた平景清は肥前の牛津に落ち延びてきた景清は菅原道真を信奉しており、その像(貴人像)を勧請して天満神社に遷したこの像は“悪七天神”と呼ばれ、世話事・訴え事の祈願すると霊験があるとされた(特殊な御利益)『日本の... 2026.01.19武雄多久
佐賀鳥栖妙覚寺(佐賀県鳥栖市) みょうかくじ菅原道真お手植えの梅の木があり、1本の枝から5個の実が成るとされた昭和28年(1953年)の水害で初代は枯れてしまった現在山門近くに“菅公手栽五子之梅"と刻まれた石碑が立ち、隣に梅の木が植えられている『日本の伝説38 佐賀の伝説... 2025.12.14佐賀鳥栖
佐賀鳥栖菅公姿見の池(佐賀県鳥栖市) かんこうすがたみのいけ大宰府に左遷された菅原道真に随行した三澄左将監時遠は、道真の第五子・長寿麿を養子とした道真は長寿麿に会いに時遠の隠居地へ赴き、池の水に映した自らの姿を描いた絵(絵画)を与えた姿見の池のそばには絵を描くために腰掛けた石(... 2025.12.14佐賀鳥栖
奈良宇陀手向山八幡宮 菅原道真腰掛石(奈良県奈良市) たむけやまはちまんぐう すがわらみちざねこしかけいし宇多上皇のお供として赴いた菅原道真がこの腰掛け石に座り、和歌を一首詠んだこのときの歌「このたびは 幣もとりあえず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」は『小倉百人一首』に採用された『日本の伝説... 2025.11.07奈良宇陀
東毛青梅神社(群馬県館林市) あおうめじんじゃ青梅天満宮とも呼ばれる大宰府に左遷された菅原道真が楊枝を刺した梅の実を四方へ投げたそのうち東へ投げた梅がこの地に落ちて青梅となった(創建伝説)(北:出雲国はなくりの梅 南:讃岐国五色の梅 西:筑紫国飛び梅)『日本の伝説27 ... 2025.09.23東毛
出雲菅原天満宮 野見宿禰の墓(島根県松江市) すがわらてんまんぐう のみのすくねのはか野見宿禰は播磨国で亡くなったが、出雲の人がその地に埋葬した後、分骨を持ち帰った菅原是善が祖先の野見宿禰の墓所を詣でた時、案内役の娘を気に入ってそばに召したその後娘は是善との間に生まれた子を伴って京へ上... 2025.09.04出雲
北薩藤川天神 臥龍梅(鹿児島県薩摩川内市) ふじかわてんじん がりゅうばい大宰府に左遷となった菅原道真は、病死を装って藤原氏の手から逃れ、この地で余生を送った(生存説)道真お手植えとされる梅の木は、老木になると枝が傾いて地面に這うように広がるため臥龍梅と呼ばれる一説では、道真が食べた... 2025.08.27北薩
北摂服部天神宮(大阪府豊中市) はっとりてんじんぐう藤原魚名(藤原氏)は讒言を受けて大宰府に左遷の途中、この地で病を得て亡くなった菅原道真も同じく左遷となって下向中、この地で足の病で逗留し、魚名の墓を見つけ丁重に供養した(信仰の墓碑)その後道真の足の病は平癒し、足の神様と... 2025.07.13北摂
河内蹉跎神社(大阪府枚方市) さだじんじゃ大宰府に左遷される菅原道真が、途中の丘で休憩し、都との別れを惜しんだ娘の苅屋姫は父を慕いこの地まで来たが、間に合わず足摺り(蹉跎)をしたことが地名の由来となる(親子の情愛)『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.98大阪府枚... 2025.07.11河内
河内大阪成田不動尊 菅相庵(大阪府寝屋川市) おおさかなりたふどうそん かんしょうあん千葉県の成田山新勝寺の別院で、昭和9年(1934年)に京阪電気鉄道が寄進して開創した菅原道真に仕えていた武部源蔵が開いた寺子屋の建物(邸宅)を茶室として移築したもの『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書... 2025.07.11河内