落城伝説

さいたま川口

鎧宮八幡神社(埼玉県さいたま市岩槻区)

よろいのみやはちまんじんじゃ徳川家康が岩槻城を攻めた時、この神社の境内に兵を集結させたことから“鎧宮”の名が付いた(名称の由来)城攻めの渡河で難儀していると、一人の老翁が白馬に乗って軽々と川(河川)を渡るのを見た老翁が渡った場所には渡河しや...
さいたま川口

一本杉塚(埼玉県蕨市)

いっぽんすぎづか別名・金子塚、あるいは兜塚とも呼ばれる蕨城主・渋川氏(戦国武将)が滅びた際に討死した将兵の兜などを埋めた塚とされる(落城伝説)目印として塚の上に杉の木が植えられていたこの塚から和楽備神社(旧蕨城跡)に白馬で駆けてゆく武将の夢...
高崎安中富岡

丹生城址 三日月石(群馬県富岡市)

にうじょうし みかづきいし大和国から来た丹生四郎金乗(地方豪族)の居城跡にある、三日月型の凹みのある石(痕が残る石)金乗は、窪みに溜まった水を硯に使い、またその水は眼病に効くとされた敵の襲撃を受けた折、三日月の光が窪みの水に反射して(怪光)...
高崎安中富岡

駿河大明神宮社(群馬県神流町)

するがだいみょうじんぐうしゃ平将門の敗死後、側室の駿河御前が従者を連れて付近の山中へ逃亡した(落城伝説)途中で2人は関係を持ったが(不義密通)、従者は畏れ多いとして、蕗の葉を間にして行為に及んだその後駿河御前は恥じて自害すると男根型の石と化...
高崎安中富岡

上杉乳母神社(群馬県藤岡市)

うえすぎうばじんじゃ天文21年(1552年)、平井城が落ちる寸前に城主の上杉憲政(名家)は越後へ逃れ、幼い息子の鶴若丸が乳母と共に取り残された乳母らは橋の下に隠れたが、鶴若丸が泣いたため兵に見つかり、共に殺された(落城伝説:子女受難)安産と...
高崎安中富岡

榛名湖(群馬県高崎市)

はるなこ吾妻町善導寺2世円光上人(名僧)の母親(木部夫人)は、怨敵に追われる途中に寺に寄り、その足で榛名湖に入水した榛名湖に大蛇が棲み着いたと聞いた上人は母の化身と悟り、位牌を湖に流したその位牌は箱島の湧水から流れ出てきたとされる木部城主の...
高崎安中富岡

多胡神社(群馬県高崎市上里見町)

たこじんじゃ朝廷から謀反の疑いで攻められた多胡羊太夫(豪族)は、先にこの地に子や孫を避難させ仮屋を造らせた館が落ちると羊太夫は蝶や鳶に変身してこの地に逃げ延びた(落城伝説)羊太夫の子孫はこの地に留まり、多胡姓を名乗って羊太夫を祀る神社を建て...
高崎安中富岡

長年寺 木部井戸(群馬県高崎市)

ちょうねんじ きべいど落城後に榛名湖に入水して蛇体となった(落城伝説)木部姫(姫君)が、雨の夜に血脈を求めて寺を訪れた血脈を授かると木部姫はお礼に境内に井戸を造ったが、それは榛名湖に通じる底無し井戸とされた寺で膳椀が必要な時は、井戸にその旨...
高崎安中富岡

極楽院跡 さかさ梅(群馬県高崎市)

ごくらくいんあと さかさうめ箕輪城落城後、長野業盛(戦国武将)の子・亀寿丸が極楽院に匿われているとの報を聞き(落城伝説)、武田信玄が極楽院へ赴いて検分したその時手にしていた梅の若枝の鞭を地面に挿したところ、信玄に相対した住職が「花は逆さに咲...
沼田草津

善導寺(群馬県東吾妻町)

ぜんどうじ真田幸隆(戦国武将)が岩櫃城を攻めた時、善導寺の住職が水利の秘密を教えたため落城した(落城伝説)善導寺の本堂(堂宇)は怪火によって全焼し、その後5回に亘って火事に遭ったため落城の祟りであるとされた『日本の伝説27 上州の伝説』(角...